ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2842, つれづれなるままに -63歳か〜 ・・・
 同級生では、男では定年か廃業の直前の人が殆どだ。生老病死とは、よくいったものだ。
 生き、老い、病んで、死んでいくのだ。 それを苦しみと捉えて解決法を説いたのが仏教だ。
 といって死ぬまでは生きているのだ。楽しみは無限にある。「日々是好日」の意味の深さが解ってくる年代に入った。

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 2003年01月15日(水)
647, ハッピーバースデー
  おめでとう〜   *<( ・∀・)ノ□☆□ヽ(・∀・ )>*

ツアーで、ホテルのレストランで食事をしていると時おり人だかりができる。
 宿泊客の誕生日に、レストランのコックやボーイが全員集まって、
  ケーキに火をつけハピーバースデーの歌を歌っているのだ。
   小さいレストランの場合は全員が合唱をする。何とも心が和むひと時だ。
    そして本人がケーキを持って、各席に持って回って配るのだ。
キリスト教徒の誕生日に対する思い入れは、日本人と比べるとずっと強い。
 それはキリスト教の教えにある。神から頂いた生命の記念する日に、その場に居合わせた人は神の意思である。
  従って祝うほうも心からその人に祝福する。またケーキもその祝福として、お互い分け合う。
   与えるほうも貰うほうも目出度いのだ。あの暖い雰囲気には、キリスト教の教えの背景がある。
数年前までは1月15日は休日であった。その誕生日には一人で飲みに出ることにしていた。
 それも入った事のない店に飛び込む事にしていた。この日だけは家内は「一人休日に飲みに出る」に文句を言わない。
  休日のために殆どの店が休んでいるが、飛び込みで入って誕生日で特別に飲みにきたと話すと歓待される!
   勿論それを狙っているのだが。これを年中行事にしていた。「その日が休日だから面白い」のであって、
   いまでは家に大人しく帰る? 勿論今日も会社から貰ったケーキを持って!
 誕生日ほど自分と第三者の差が大きい。子供の頃の家庭では「正月に一度に祝うのだから、
  誕生祝の必要はない」と一切やらなかった。勤めていたときや、以前の会社では朝礼で
   全員でハッピーバースデーの歌を歌いケーキを贈り、寄せ書きをしていた。
    今は会社でメールで祝いの文章をお互いに送ることにしている、それとケーキを。

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 2002年01月15日(火)
 301、動物の不思議な世界−2

 土手で散歩をしている時、ある家の玄関にいるゴールデンリトルバーの一歳ぐらいの犬と目が合った。
 思わず右手を上げて「ヨッ!」と挨拶をしたら、なんとその犬が右前足を挙げて挨拶?をかいしてきたのだ。
「嘘だろう!」というのがその時の気持ちであった。翌日全く同じ状態で挨拶をしたが挨拶を返さなかった。
 そこで考えた、あれは「お手」の感覚で思わず手を出したのではないだろか?
 生きていると思わず、いろいろのことを経験する。でも傑作であった。
 中学の時、その当時飼っていた柴犬に悪戯で日本酒に砂糖を入れてなめさした。
 はあはあ口で息をはきだし尻尾を振りながら、よろよろと千鳥足で歩き出した。 急に変なことを思い出した。

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1月15日 ー1969年

 今日は学生時代最後の誕生日だ。毎年この日にNHK「青年の主張」を必ず見ることにしている。
このよう見るのは最後だろう。内容と評価を、メモをしながらみた。
・北海道代表の武田(女)さんの主張  あまりハッキリした意志が感じられないー65点
・東北代表の清水さん 働きながら夜間にいっている。自分をしっかり把握して真正面から
 自分を見つめられる人間になりたい −70点
・四国代表の中西さん(女)ー実習教官 自分を温かく包んでくれる深い何かに感謝−80点
・東海代表の須田さん(女) 女である自分の農業の立場 75点
・東京代表の守屋さん 青春の喜びー無限と思われる未来の夢に対する生き方 若さの代名詞は可能性 75点
・沖縄代表の宮城さん(女) 沖縄県民の心情ー85点
・近畿 林さん 精薄施設の女指導員 園児の美しい心の素晴らしさについてー75点

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01月15日(木)
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