ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2767, こころと脳の対話 −3
おそらくは中心部分をすらなすもの」で、それが善か悪かは、あくまで他者との関係において決定される。
うそを覚えるのは、人間の成長上重要なプロセスであり、対人関係を円滑に運ぶためにもうそが不可欠だという。
自負心や精神の平衡を保つには自己欺瞞(ぎまん)が必要で、多くのうつ病患者は、自分自身にうそをつくことが苦手だと。
その危険性についてもじっくり検証、慢性的にうそをつく子どもは将来犯罪に結びつきやすいとか、
うそつきには遺伝的傾向が見られるといった、深刻な研究結果も披露している。
われわれの生活は数えきれないほどのうそに囲まれている。そのひとつひとつが人間を知る手がかりなのだ。
友人や家族のうそを責める前に、もう一度相手のことを見つめなおしてみるとよい。
ー自分の心は自己欺瞞で成り立っているかもしれない。 だから狂わないでいられる?
ーーー
人間においては「うそ」は普遍的に見られる行動である。 そして、ある一定の自己欺瞞は健康な精神状態を保つためには
むしろ必要なものであるという、あまり認めたくないような現実がある。一読して深く考えさせられる見解が多い。
「過去の記憶」が多分に誘導で変わる危険性がある、という指摘が鋭い。
次回には、この本の印象的・刺激的な文章を抜粋してみる。
ー つづく
・・・・・・・
2004年11月01日(月)
1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、200m先にある、
長岡高校と長岡大手高校の周辺が、自衛隊やマスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。
一昨日(土曜日)の朝、散歩をしていたら自衛隊の大型ヘリが住民を搬送している
のが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。
近くの大手高校が山古志村の避難場所になっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。
長岡も被災地であるが、自宅近くの倒壊の家はない。
生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の死の恐怖以外は不感症になっている。
しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、被災地の真っ只中にいるという実感が少しわいてきた。
こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。昨日の夕方、同じコースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気。
人生一度のあるかどうかの出来事であるが、何か実感がまだ湧いてこないのは如何してだろうか。
新幹線が長岡〜新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 個人的には30〜40万位の損失か。
石灯篭の復旧に15万の見積もりが、とりあえず確定したものだが。 今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。
まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
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2003年11月01日(土)
941, 何事もない日の日記
はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、何もないことを書くのも面白いと考えて、
それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一〜二度位ある。
そういう時は、中途半端で終わっているパソコン内のメモ帳の中から引っ張りだして書き足す作業をする。
その場合は書いているうちに、違うテーマが出てくる。
何もないといっても、周囲を見渡せば幾らでもテーマがあるはずだが、毎日だとやはり全く浮かばない日が出てくる。
大体が前日荒筋を書いて、翌朝の5時半にパソコンに向かい30分近くかけ書き直しをする。
その後一時間近く散歩をした後、風呂に入りその後いま一度見直してホームページに貼り付ける。
それでも後でふりかえると誤字・当て字がある。 しかし貼り付けた後の達成感は格別である。
常に頭の中は記者モードになっていて、何か明日書くネタはないかという目ができている。
「これは文になる」と勘が働いた瞬間、文章の起承転結の構築を始めている。
私の場合、文章化をすることが自分の人生に深く生命を与えることになっている。
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11月01日(土)
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