ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2717, iPhoneその後
古今東西・老若男女の「存在と精神の系譜」を編年体でも、アイウエオ順でも、概念別でも、分野別でも、地域別でもなく、
かといっれ恣意的な序列や順序、ランキング形式でもない、この世に存在した生涯日数のみで再配置してみる
というもの。それにによって絶対的歴史年やジャンルの枠を飛び越える。
当初、人生の生存期間(享年/行年)によるこの分類は、不遜にも世界初のものだと思って自負していた。
しかし、作業を進めて半年後、山田風太郎の『人間臨終図鑑I, II, III』(徳間文庫)に出会ってしまった(図-2)。
愕然とした、すでにやられてしまっているのである。臨終場面においては、先人の名著に敵うものではない。
この日を以て山田風太郎の信者となった。
勝手に二代目・風太郎として、その遺志を継ぐことにした。
できうる限り、即物的にデータベースとして使えるよう二代目は方向転換。「一千一人物語」を目指すことにあいなった。
さりとて、人名辞典を作りたいのではない、「存在と精神の箱」を作りたいのです。
この「人生のセイムスケール」はジョゼフ・コーネルのように実は「箱」を作って
いるのです。それは「私書箱」であり「死所箱」とでも云ってもいいかもしれない。
「1000人供養」のつもりで写経をするようにコツコツ作業を初めて1年半、2004年元旦にはいつの間にか1191人に達していた。
次は「三千世界」(三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい )に向かうことになってしまった。
かわりに、死ぬまでつぶせる最高の「おつとめ」を手にすることになった。
ライフワークである(ボクが死んだら誰か後を継いでくれないかなぁ)。
「大きな物語」の喪失した現在、「小さな物語」の集積とネットワークによる
「終わりのない人生の森の物語」は、どこへ向かうのだろうか。ボクにはわからない。
ただ言えることは、この「おつとめ」をするためにボクは今生きている。
http://www009.upp.so-net.ne.jp/artrandom/samescale/index.html
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2003年09月12日(金)
891, 9・11に思う
アメリカの9.11テロから2年が経つ。この日を境に世界が変わった。アメリカにとって、
テロとの全面戦争に入った。無条件に「テロ容認国家とテロ集団を破綻させる戦い」
に全てのエネルギーを注ぎ込む決意をしたのだ。100年戦争の突入である。まずはアフガニスタン、そしてイラクである。
いまイラクの戦後処理に手こずっているというが、そんなもの当初からの予定の範囲でしかない。
次は北朝鮮、そして中国。ロシア?とは取引済みのことは当然。
表面はポーズで和平交渉をしているが、戦争をするための一里塚でしかない。
まずは、兵糧攻めを徹底的し、戦争をせざるを得ない状態まで追い込む。
そして、戦争は至極当然に始まるだろう。その間にある日本は一番の標的になることは間違いはない。
私の9.11の出来事があった。丁度その時、私が居間のTVの前でうたた寝をして、寝室に行こうと
していた時であった。就職をしたばかりの下の子供が帰省中であった。
寝室のTVで二人はその事件があったことを知っていたが、居間で私とチェンジのタイミング、
歴史的事件と解っていながら無視をして黙っていた。寝室から開放されて、居間にきたのに今更呼ぶことがないと。
翌日、初めてその事件を知ったが、二人はそんなことは全く知らぬ顔。
たまに帰ってきた子供と家内に怒ることも出来ない。これが私の9.11であり、家内の私に対する可愛いテロ?である!
テロの後の一ヶ月は、ライブで見たか見ないかが話題の中心であった。
ライブで見たという話を聞くたび腹がたった。多くの人が見ていたのには驚ろいた。
今でも9.11になると腹が立つ。 昨夜その話をすると、「『ありがとう』を回数いっている割に
くだらない事に拘っているのね」と軽くいなされてしまった。 まあいいか。
--今日から、一年前と二年前の同日の随想日記をコピーします。
暇だったら、読んでください。 三年日記帳のつもりで読み返す習慣をつけるためです。
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2002/09/12
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09月12日(金)
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