ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396223hit]
■2605, 自己愛について
名目国内総生産の約三倍、イギリスの一倍に対してまだまだ地価は差がある。
・デフレ解消にはまだ10年20年以上はかかる。 いやまだまだで今世紀はかかるのだろう。
デフレス・パイラルはまだまだ続くことは間違いはない。
特に地価は日本では、更に半分以下になると予測される。
現在の日本は、戦前の昭和19年か20年の前半の終戦前夜に酷似している。終戦というより敗戦である。
現在、中国関連とIT関連で少し景気は上向いているように錯覚しそうだが、実態は全く違うといってよい。
とくに消費を引っ張ってきた団塊の世代が、社会の中心から外れようとしている。
経済は年齢構成の問題であるというから、日本は特に絶望的である。
・・・・・・・・・・・
2003年05月22日(木)
778, 私が10歳の頃-1956年
長岡の坂之上小学校4年から5年生に進級した頃だ。
10歳までが長岡駅前の繁華街の四つ角の衣料ディスカウントの店の3階に住んでいたが、
この年に駅裏の台町(現在ーとーちゃんラーメン)に転居していた。
それが転機であった。 あの慌しい店の上の日々が、静かな生活に一変した。
丁度その頃に、初めて勉強に目覚めた。 ある姉に勉強のコツを教えてもらった。
「一教科でよいから、とにかく良い成績をとってみろ!そうするとコツが解るし面白みが出てくる」
そうかと思って算数に絞って勉強をしたら、100点近くを取った。 それからコツが解りかけてきた。
とにかく数人のライバルに負けたくないと思って勉強した。
この頃の虐めは本当に厳しいのは誰も経験があるはずだ。一番激しいライバル関係が出来上がる時期だ。
また自分の身を守る為にも、誰かをターゲットを探して苛めをする。
このあたりから初めて性格ができるのではないだろうか。また家庭内ではいろいろな問題を抱えていた。
母親が重度のノイローゼーになっていた。二人の息子(兄)の不幸の死と、仕事の疲れの蓄積が原因であった。
あまりの悩みの為、心筋梗塞や多くの病気が一挙に吹き出てしまった。
医者にも見放されそうであった。 何回も死線を彷徨っていた。
その中で姉兄も自分も「自分自身を生きる事」で精一杯の時期だった。
今になって当時を振り返ると、家庭の危機であった。母はその後3年間の死闘後、一人立ち上がってきた。
身近で見ていても子供なりに、それが分った。そのあと40年は遊びと趣味をし尽くして亡くなっていった。
死んだ時に解剖をしたところ、心臓の4分の1が壊死していた。それだけ悩みが深かったことが分る。
商売を続ける事は、すざましいことだ。
・・・・・・・・・・・・・
ーその頃の政治や社会的出来事としては、
日ソ国交回復 参宮線列車転覆の惨事 弥彦神社惨事 砂川基地闘争 メルボルン・オリンピック
ーことば(流行語・話題の発言)は「一億総白痴化」(大宅壮一)
「愚連隊」 「シンタロー刈り」 「戦中派」「太陽族」(石原慎太郎の小説「太陽の季節」から)
「抵抗族」(石川達三の小説「四十八歳の抵抗」から)「デイト」 「ドライ」 「マネー・ビル」
「もはや戦後ではない」(中野好夫)
ー音楽ー
・ラジオ体操の歌[作詞:藤浦洸、作曲:藤山一郎](3月発表)
♪ 新しい朝が来た 希望の朝だ 喜びに胸を開け 大空あおげ ラジオの声に
健(すこ)やかな胸を この香る風に 開けよ それ 一 二 三
・・・・・・・・
2002年05月22日(水)
414, サッカー直前の馬鹿話!
一昨日、TVでサッカーのキャンセルがここにきて大量に出て、開催地のホテルが深刻な?
悩みというのを放映していた。一年前の説明会で25パーセントの紹介手数料と聞いて、何を馬鹿な!
それなら逆に、他の一切の代理店の予約もとらないで、落穂拾いの方針に切り替えた。
黙っていても、溢れたお客が流れてくるのを拾ったほうが有利に決まっている。
どこかの国の訳のわからない総代理店、何の保障がない。
昨日のTVで、それに合わせて開業予定のあるホテルが、設備を代理店の言うままに追加投資。
[5]続きを読む
05月22日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る