ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2506, 新・知的生産術 −1
本人も、最後かもしれないという気持があったのだろうか。
13時から17時近くまで4時間近く、一人話しまくっていた。
その時の写真を、当時このホームページのサロンに載せた。
大手通の四つ角にいた頃のことや、亡くなった兄のことや、手術のことや、
現在の病気の状態を話していった。

「大學を出てなかったことが一生に大きなハンデであった」と言っていたのが
印象的であった。特に芸大に行けなかったことが無念であったと。
「取あえず父の死んだ71歳まで生きるのが目標で、あと4年は生きるつもり」
と言っていた。まさか半年後に亡くなるとは本人は思ってなかったようだ。

「スキルス性(悪性)の癌ではないが、保険を有利にもらう為に、
知り合いの医者が悪性の癌と診断書に書いてくれた」と言っていた。
その時ピンときたのは「実際にスキルス性ではないだろうか」という素朴な疑問であった。
数日後にすぐ上の姉に[直感だが、そう長く生きれそうもないから、
理由をつけて、会えるうちに多く会っておいた方がよい」と電話をした。
そして、その年の10月に再入院後、翌年の2月に亡くなってしまった。
享年68歳であった。

長女と末弟ということで気が合ったことは事実である。
半分は息子のような気持ちがあったのだろう。
昔から「A型、長女、ウエット、お嬢様」タイプの女性が好きだったが、
今から考えるとシスター・コンプレックスだったのだろう。
家内には結婚してからシスコンと言われてきたが。4人も姉がいれば仕方がない。

大人数の末っ子は、兄姉に苛められる?反面、それぞれの生き様を直接見ることができる。
先生の悪口や、恋愛話?結婚話や、色いろな噂などなどが聞いていて、
それぞれ見ていて良く解る。 姉兄の中で、一番夫婦仲が良かった。
長女と旦那が末っ子という組み合わせが良かったのだろう。
組み合わせも、夫婦の機微に大きな影響を与えるようだ。
悪い例もあるが、具体的に書くと差支えがあるから書くのを止めておく。

派手な、カリスマを持った、大姉御というのが正子さんの一生を貫いていた。
自分のステージを持った、本当に面白い人であった!

・・・・・・・
2003年02月13日(木)
680、自殺志願

昨日の朝のニュースで自殺志願を報じていた。
インターネットで知り合った若い男女3人が自殺をしているのが発見されたという。
インターネットの検索で自殺志願のキーワードを入れてみたら、
あるホームページに、すばらしい文章が載っていた。 以下をコピーしておく。
 ・・・
 私は死に場所を探していた。
脱サラして始めたラーメン屋も、思うように上手くいかずに借金だけが残り、
40を過ぎてやっと手に入れたマイホームも、結局、手放す羽目になってしまった。
働き口も、そう簡単には見つからない。妻も私に愛想尽かして家を出て行き、
弁護士まで立てて離婚を迫ってくる。子供達も皆、妻の味方だ。
今の私にあるのは借金だけで、他にはもう何もなかった。
夢も希望も、明日を生きる気力さえ残っていなかった。

「ここにしよう。」私は、自殺の名所で知られる、断崖に立っていた。
ここから飛び降りれば、簡単に死ぬことが出来る。一歩、足を踏み出せば、
もう苦しむ必要はない。日が沈むのを待って実行する事にしよう。
沈む夕日は、私の心を穏やかにした。そして、この夕日が消えた時、
私も人生を終えるのだ。最高の演出じゃないか。

「おい!」 私はビクッとして振り返ると、一人の老人が立っていた。
顔を見て、更に驚いた。 「親父!」
夕日のせいで、ハッキリとは見えないが、間違いなく親父だった。10年も前に死んだ
はずの親父が、何故こんなところにいるのだ?
「そう見えるか。」親父はそう言いながら、私に鞄を差し出した。
「5000万円入っている。使え。」
私は訳が分からなかった。夢でも見ているのだろうか?
「これは貸すんだぞ。20年後に、ここに返しに来いよ。まったく、
金のせいで命を捨てるなんて、バカらしいと思わんか。」

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02月13日(水)
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