ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2498, 無くてはならぬもの −6
コストからみると、買った瞬間2分の1である。
本人もそれでよいと納得した買っているので、それはそれでよい。
それと同じ感覚でマンションや住宅を買ってしまうことが問題なのである。
新興のマンションメーカーはファッションマンションとして割り切って
お客の無知を狙っているのだ。それが消費者の意向ならそれでよいと。
酷いといえば酷いが、飛びつく無知も無知である。
以下はホームページから調べた概要である。
ー つづく
ーーーーーーー
のっけから意表をつくタイトルだが、実際にはない土地を売るなどの
いわゆる地面師みたいな本当に悪い不動産屋なら、捕まって免許剥奪、
不動産屋も解雇である。
従って、この本で扱うのは、あくまで合法の範囲で、どのように不動産屋が
インチキ臭いことをするのかといった話である。
やはり多いのは、買い換え住み替えにまつわるはなしで、買いを先行して
買い契約をしたはいいが、売りが思うようにいかず、結局、二束三文でしか
現在の住居が売れないため、ローンをささえきれず、両方の家を手放さざるを
得なかったという悲惨な話である。
これは不動産屋が「おたくなら××万で売れますよ」と無責任なことを吹き
込んだことが悪いのだが、もちろん合法的な営業活動の範囲と言えるだろう。
あとは、やはり、その物件の悪いことは不動産屋は自分から進んで
言わないということだろうか。雨の日は道が冠水するとか、古屋のある土地の
水道管が錆びているとか、ひどいのは、土地の一部が公道になっていたことが
建て替えるときになってわかったというものもある。
当たり前といえば、当たり前かも知れない。
要は疑ってかかれと言うことだろうか。これらは、チェックすれば買い主が
自分でわかる話なので、悪い不動産屋を語るということは、不動産の本質を
論じることにもなっている。あと、不動産屋の暮らしぶりというのもわかり、
不動産屋になるのも悪くないかななどと思わせ、好著であると思う。
結局のところ、この作者は、気の弱い客に対してたまに強引に契約を
迫ることがある程度で、本当のワルではない(らしい(笑))。
不動産屋というあこぎな職業に日々良心を痛めながらお客のために仕事に
励むいい人である(かのように描かれている)。
これから不動産をと言う人は読んでも悪くない。
・・・・・・・
2003年02月05日(水)
672,嘆きの部屋
・高校同級の土田氏が入院でわずか3週間で亡くなった。
食道がんで肺に転移もう末期だったという。
一瞬で地獄の底に突き落とされた恐怖は言語に絶するものだったろう。
「病院には嘆きの部屋」があるとモッケイクラブを事務所の部屋で開い
ていた時に、看護学校の末期医療専門の女の先生が来て話してくれたことがあった。
・絶望のその気持ちや混乱を大声で喚くことで静める防音の部屋が
どこの病院にもあるという。 もう他人事ではない年齢だ。
それまで生きてきた全ての人生を圧縮した時間が流れるという。
キュ−プラー・ロスという「死ぬ瞬間」という本を出している死の見取りを
専門にしてきた人が、その本で究極の死を受け入れの心理過程を書いている。
確かまずは拒否、怒り、取引ー自分との、受容。
・父が死ぬまでの一年間、しっかりとその時間の中でそのプロセスをみた。
生への渇望ーその砂漠の真ん中に一人取り残された生への渇きの極限状態だ。
その時父に「昔の哲学者がー本人にとって死はない!という話をした。
死んだ瞬間それは自分でないから、生きている限り自分の死は存在しない。
存在するのは他人の死だけだーエピクロス」と。
父がその時ホッとした顔で「死について初めて解ったような気がした」
と答えた対話が鮮明に残っている。
それまでの父の口癖は「死んでしまえばそれまでよ!」であった。
・死ぬのは仕方がないことである。ただ後悔をして死にたくない!
いや、後悔したっていいじゃないか、死んでしまえば全て無なのだから。
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02月05日(火)
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