ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2436, 2008年平成大恐慌が日本を襲う!
この言葉には「それぞれの人の、輝ける日々」とか、
「それぞれの、人の輝ける日々」と分けることができる。
その反面「それぞれのどん底の日々」もある。
この話になってくると、いろいろあるので内容は「・・輝ける日々」に絞る。
人生には「それぞれの人にとっての輝ける日々」がある。
現在書いている「学生時代の日記」は、
私にとっての「輝ける日々」の、ある時期の、記録である。
「輝き」という言葉の背後には暗黒がある。暗黒があるから、輝くのだ。
偶然の賜物として倉庫の奥から出てきた「22歳の日記」を読んでみると、
私にとっての「輝ける日々」である。誰もが記憶の彼方に持っている青春の日々である。
そして現在進行中の人もいる。
青春とは、決して素晴らしいとはいえない。むしろ見っともなくボロボロの状態である。
しかし、それが輝きになっている。「輝き」は、光っていることである。
人間が光っていることは、燃え狂っている状態である。
そして背後には暗黒が大きく口開いている。
そこで思い出したのが、「 一期は夢 ただ狂え 」である。
世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
何ともなやなう 何ともなやなう 浮世は風波の一葉よ
何ともなやなう 何ともなやなう 人生70古代稀なリ
ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡
笹の葉に置く露の間に あじきなの世や
夢幻や南無三宝
燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ (閑吟抄)
470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男
が古今集をまねてつくった歌の一つである。‘人生など一瞬でしかない。
なら狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’という内容である。
「一度しかない人生だからこそ、ひかり輝いて生きるべきである」という人生観。
人生を顧みたときに「光輝いていた時」は、何かに狂っていた時である。
人は、それをパラノイヤー偏執狂という。
・・・・・
2002年12月05日(木)
601,ある時間の断片-15
1968年 10月5日 土曜日
昨夜飲み過ぎせいか頭が痛い。10時に深井に電話をするが、
アユに用とかでお流れ。集団デートお流れ。小作の方にしておけばよかった。
その後、酒井君が部屋にきて疎外論から人間関係論について話し合う。
かなり哲学づいているようだ。 深井が寮の部屋にくる。
車を持っていると行動範囲が広い。新橋の深井の自宅に行く。親父に紹介される。
40店舗を持っている新橋しのだ寿司の社長だ。私に興味があるみたいであった。
そこで食事をした後、東名高速で横浜・板付へドライブ。あまり面白くなかった。
帰寮後、ボクシングの世界戦をみる。小林が一方的に勝つ、つまらない試合であった。
その後食事に行く。TVを見ていると市川さんが飲みに誘いにくる。
寮の近くの「三浦」という行きつけのスナックへ行く。
帰寮の後夜半の2時に寝る。明日からは本格的に卒論に集中しなくては。
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「青雲寮」の過去に書いた内容をコピーしておきます。 2001/12/20
−青雲寮(わが青春)
私が学生時代過ごした寮ー青雲寮のことを書いてみよう 。
場所は飯田橋から都電で新宿への中間 、新宿の牛込柳町にあり
早稲田南町のバス停にも近い住宅地であった。
早稲田大学の理事の自宅の庭にあり牛小屋のような造りで、
古くきたないL字型の24〜5室の寮であった。
早稲田の学生が3分の1、あとは各大学の在学生で占められていた。
そこからは代議士(渡部恒三)や県会議員が数人ずつ出ており、
汚い棲家でもけっこう皆プライドはもっていた。
全国からの出身者のため個性的な人間の集まりであった。
今でも年数回、そこに今でも住んでいる夢を見る。
月に数回は10人位集まり酒を買ってきて飲んでいた。
誰か必ず部屋に遊びに来ている状態で、勉強に良い環境とは言えないが
人間勉強という意味で非常に良かった。
自民党の総裁の鳩山一郎系のいきがかかっていた。
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12月05日(水)
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