ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2351.ベナレス・・・7
その夜は満室という事で事務所の長椅子に仮眠した。
恐らくそこが不安定という事と、頭がパニック状態という事と、
酔いを含めて妙な夢になってしまった。

魂が身体より抜け出し、さっきまで飲んでいた古町より万代橋まで、
目線が5m位の高さでプカプカ浮遊しているのである。
“ああ自分は浮いている。それも魂が”という感覚であった。
そして目が覚めて!魂が浮いていたのはたしか夢か!
でもあの話は本当である!それも夢であってほしい!”
と念じた事を今でもはっきり覚えている。
その2〜3日後に設計士の思いこみでしかない事がはっきりしたが、
本当に長い氷つくような時間だった。

H0905
私を生かして下さい! 
 

 今朝、病院に日課どおり母の様子を見にいくと、
母が私の事を担当医と勘違いをしたらしく
“先生、私を生かして下さい!”と両手で拝まれた。
本能的な生への執着の言葉である。

何とも言えない気持ちになってしまうと同時に、
その言葉の重みに圧倒されてしまった。
死の間際にあっても、“生”への執着のことば、
そして死の不安を自覚している事実である。
“これでよい、いやこれだ!”
生きる事への執着こそ人生で一番大事の事と思い知らされた。
 
それにしても、あの担当の若い医師には呆れる思いだ。
人間の生き死にを扱っているのに何もわかってない!
目の前の病気をなおそうとして母体そのもののことを考えていない!。
薬は反面、毒である事を!。

これが今の医療の大問題の一面なのだろう。
彼等は技術者であって医師・医者ではない。
それが若いから許されていいのだろうか?。
自分は判ったつもりでいるから始末が悪い!。
これから何年もの経験を重ねるうち今の誤りを気づくのだろうか?


H0905
瀬戸物の叩き売り!

 今では大手チェ−ンストアになったJ社に勤めて半年後、
四日市より神戸の垂水に転勤になった。
当時の流通業では珍しい学卒を試し、揶渝の為に“瀬戸物の叩き売り”を
させられた。店頭に瀬戸物の問屋が半端の不良在庫を持ち込む。
それを店側のすきな売価で売り、総売上の八割が仕入原価、
二割が粗利益となるのだ。

いくら安く売っても痛くも辛くもないが総売上が上がらない。
高くすれば売れない、相手との呼吸でぎりぎり高く売るかがポイントだ。
お客にとっては、その逆である。その掛け合いが面白い。
それもギャラリ−が一緒になって楽しむのだ。
 店の開店より閉店までいたギャラリ−もいた。
それ位面白い。商売の原点を身体で覚えさせてもらった。
でもあのフ−テンの寅さんそのものである事も間違いない。

反物をはかる竹尺に新聞紙を紐でまきあげ、腕まくり、
頭には手拭いをまきあげ、まさにテキ屋スタイルである。
五日目の最終日には本物のテキ屋の奥さんふうの人に
「何処より流れてきたの?」と聞かれる位になっていた。
若き日の1ペ−ジである。


H0907
養老の瀧1122号店、
店長の日々

 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであった。
しかしいざ自分がその立場に立って、その認識の甘さをつくづく思い知らされた。
千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に
“貸ビルの建築”と“養老の瀧オ−プン”
と“結婚”という、人生の初体験を同時に始めた。

丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、
最悪の出発となってしまたった。
そしてオ−プン...!完全にパニック状態!
オ−プン人気も含めお客の列!
しかし、こちらは全くの素人である。

ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような日になってしまった。
辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、今考えても、
よく持ちこたえたと思う。
当初の、2〜3ヶ月は朝8時より夜半の1時までの激務であった。
指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。

“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。

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09月10日(月)
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