ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396734hit]

■2333, ホッファー  −2
  386、負けた時、すぐ反省することは一番良くない。反省するのは2番目でよい。
   反省というのは、まじめにものを考えすぎてしまうからです。
   そこには笑いがありません。
   趣味や道楽でもそうですが、とにかく無心になる、これが一番です。
   そして心底で笑うことです。
  “商売にうまくいく”“勝負に勝つ”すべてに共通している事は、 
   無心になり笑うことです。
   それが幸せになれる最大の条件です。(米長邦雄)
  387 つきつめよ!あいまいにするな!先に伸ばすな!(渥美俊一)
  388 “人間の奇妙な特質の一つは他人の欠点はすぐみつけるが、
   失敗の原因となるような己の特質には気付かないという点である。
  ”この問題は人間に限らず企業にもあてはまるもので、
   危機管理における重要な課題を示している。
  389 「人間の真価は、その人が死んだとき、何をなしたかで決まるのではなく、
   彼が生きていた時何をなそうとしたかである。」(ユング)

ーH0405事業百訓ー
  390 “阿弥陀仏”“十万億仏土”“極楽浄土”は“空”の別名であり、
   彼等(法然・親鸞・一遍)にとっての“空”の解釈であった。
   “空”こそさびしいものでなく、“光明”であり、
   極楽・阿弥陀如来のモチーフを借りた(司馬遼太郎)
  391 (一)十一年前に“統一料金×ロープライス×オールシングル
     =(業態の創造”をコンセプトに創業
    (二)(それより三年後)より“規模(量・シェア)の追求
     =300室規模・体制の確立”を次のコンセプトに、
    (三)二年前より次のコンセプトを目指して……
  392 “私は書物を人にはすすめない。
    その人にとって本は買うまでが勝負である。
    本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
   (第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)
  393 夫婦というものはおたがいの悪行を果しなく吸いこんでしまう、
    不気味な沼のようでもある。(川端康成“山の音”)
  394 人生は、ただ向こうから与えられるものではない。
   自ら創ってゆくものである。
   自ら創ってゆくには、やはり三つの人生の段階が必要なのだ。
   ラクダの人生とライオンの人生と小児の人生。
   いいかえれば忍耐の人生と勇気の人生、そして創造の人生。
             (梅原猛“学問のすすめ”)
ーH0407事業百訓ー
  395 ~402,字数の関係でカット
ーH0407高野山へ旅してー
 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。
初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。
また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も
延暦寺ならではのものであった。
翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は
神秘的で左右の墓石群に千年の歴史の深さを感じた。
何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠・伊達政宗
・前田利長・豊臣秀吉等の墓であった。
三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、
あげていたのが武田信玄の墓であった。
県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。
他にも代々の天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。
この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、
形容しがたい感動的なものである。
その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげており、
奥の院そのものという感じであった。
秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、
“柳の間”(関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、
突然目の前に歴史を見せつけられたようであった。
高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に
よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。

ーH0407城下街小唄 ー
 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。

[5]続きを読む

08月23日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る