ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2314, 今日が今までの人生で一番幸せな日
まだいたいですか。いたくならないようにおいのりしています」。
私は10歳の子がこんなに心配してくれるなどとは思ってもみなかったこと
だったので、なんだかとても嬉しい気持ちになり、お礼の手紙と一緒に色紙と
使い古しの扇子を送った。
そして彼からまたそのお礼の手紙が来て、その返事を私が出して……
という具合に手紙をやりとりするようになっていった。
どんなことが好き? 夢はあるの?
手紙の内容はそのようなものだった。しかし彼の手紙は必ず
「せんせいのあしがいたくならないようにおいのりしています」
という言葉で締めくくられていた。
私が“異変”に気付いたのは2カ月ほど経ったころ、彼の手紙の文字を見た時だった。
今まで上手に書かれていた文字はだんだんと大きくなり、そして少しゆがみ始める。
この時、彼は既に病魔に襲われていた。
震える手を抑え、必死に書いた手紙は、身体中に管を巻きつけられ、痛さに
震えながら書いたもの。後に彼のお父さんからのメールで、
「お医者さんに話をしたら、今の状態で手紙を書くのは奇跡のようなものだ」
と言われたくらいに書くことなど無理な状態でのものだった。
しかし、そのような中でも、
彼は「せんせいのあしがいたくならないようにおいのりしています」と書き続け、
実際に亡くなる前日まで毎日祈りを捧げてくれていたという。
普段私たちが軽く口にする「優しさ」というものがいかに傲慢で、
独りよがりで、優しさでも何でもないことを痛感させられた。
人は人を深く思いやることができることを10歳の少年の方がよく分かっているのだ。
彼はもうこの世にはいない。
しかし、彼の優しさは私の胸の中でいつまでも生き続けることだろう。
ー感想
「死は直視できない太陽のようだ」というが、この子の肉体的苦痛は、
想像を絶したものであることを見つめてやらなくてはならない。
(字数の関係でカットしています)
・・・・・・・・
2003年08月04日(月)
852, 孤独について −3
『人は人、我は我、されど仲良く』と武者小路実篤がいっていたが、
それこそそれぞれの 「独」を認め、かつ自分の「独」を大事にする言葉である。
『和して同ぜず』も母校の長岡高校の校是であるが、意味がほぼ同じだ。
孤独を特に感じるのは、一人旅であろう。
若い人のバックパッカーの聖書になっている沢木耕太郎の『深夜特急』という小説に、
「独り言をブツブツ言いながら一人、旅をしていた」と書いてあった。
サルトルのいう「即自」と「対自」の会話である。青年期によく国内だが一人旅をした。
一人旅に出なくては精神のバランスが崩れてしまいそうであった。
帰ってくると何か大きなものによって満たされる感じがよかった。
旅行の最中は寂しいということは全く無かった。
誰かと対話をしていたのだろう。旅は孤独のプラスの異次元の世界に浸れる。
いま振りかってみて、「旅日記を克明につけておけばよかったのに」と悔やまれる。
「孤独」というキーワードで検索をしていたら、
脳性麻痺の青年のホームページが出てきた。
「孤独などと軽がるしく使うな!」とどやされたようだった。
口がきけない人や、盲目の人の孤独感は想像すら出来ない。
私の強みは「孤独に強い」と思っていたが、とんでもないことと思い知った。
「孤独は人を殺さないが、絶望は人を殺す」
という言葉をアンドレ・マルローがいっているが、
孤独の中の絶望に潰されてしまうのが問題なのだ。
その時こそ愛読書が一番自分を癒してくれる。
大いなる孤独ー作家の心ーとの出会いが本を通じて可能になる。
孤独であればあるほどその邂逅が大きくなる。
いま一つの孤独で考えさせられるのが老人の孤独であろう。
結婚後、母と同居をしている時にトラブルが何回かあったときに、
母が「独り暮らしの孤独の知人がいっぱいいる。彼等はどんなにトラブルがあっても、
子供から離れてはならないとシミジミ言っている。我慢をしなくては」
とポツリと言った事があった。知人に数人家庭内離婚者がいる。
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08月04日(土)
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