ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2301, また地震!どうなっている?まったく! −5
『半落ち』に仕込まれた'合わせ鏡'の見事さは、登場人物たちはもとより
観る者をも巻き込んで、自分ののありようを見つめさせるのだ。
ー内容
「私、梶聡一郎は、3日前、妻の啓子を、自宅で首を絞めて、殺しました」
梶聡一郎が最寄の警察署に出頭してきた時、捜査一課強行犯指導官、志木和正は、
連続少女暴行犯人の自宅を朝駆けで急襲する最中だった。梶の取調べを命じられて、
何ヶ月も追ってきたヤマから最後の最後で引き剥がされ、警察署へUターンする
志木の胸中に去来する複雑な思い。
半年前、アルツハイマー病を発症した啓子の看病の為、自ら刑事を辞して警察学校で
後進の指導にあたり、広く敬愛を集めてきた梶が、なぜ殺人を犯したのか。
取調室で向き合う梶の視線の奥が、あまりに澄んでいることに驚く志木。
−−−−−
< 感想>
母をアルツハイマーで5年半、看護した経験があったので、主人公の
深い思いに感情移入をしてしまった。
そして、それに関わる色いろな立場の思惑や利害も、身に憶えのあることばかりで、
主人公の心の壁を探っていく物語は、そのまま自分自身の心の壁を抉りだしている
ようであった。そして、当時の自分の心の姿が浮かび上がってきた。
辛く悲しい母の姿と家族の、それぞれの立場で必死に生きていた当時の日々
がリアルに浮かんできた。しかし、そこには底知れぬ暖かさがあった。
アルツハイマーの身内を抱えた崩壊一歩手前の家族が、どういう気持ちで
毎日を過ごしているか、この映画は深く入り込んではいなかった。
それも、しかたがないが。
高齢化社会の、大きな問題がアルツハイマーである。
どこの家庭でも、ぶつかる大きな問題でもある。
いまの寝室の寝ているところが、母の寝ていたところである。
アルツハイマーになった母が夢で月に二回は出てくる。
母は今でも私の中では生き続けている。
・・・・・・・
2003年07月22日(火)
839, あいうえおー生き甲斐測定法
今やっていることが、生き甲斐があることか、天職か、ベストかどうかの
判定基準として、あいうえお生き甲斐測定法がある。
「あ」は、アイデア
「い」は、インタレスト
「う」が、ウォーク
「え」が、エキサイティング
「お」が、オーナーズシップ
この内の一つは抜けていてもよいが、二つ以上の場合情熱が感じられなくなる。
「あ」は、要は自分のアイデア、企画かどうか。
「い」は、興味、関心のこと。
「う」は、歩くことで、行動につながる。待っていたり行動なしでは何も始まらない。
「え」は、エキサイティング。燃えるような情熱の涌くこと。
「お」は、オナーズシィップ。自分でやり遂げたという喜びや自負心ー行蔵です。
これは藤本儀一の『人間ほど面白い動物はない』サンマーク出版ーの最後に
書いてあった内容である。
創業では、これが一つでも欠けていたら上手くはいかない。
これを満たした上で総てを注ぎ込んで初めて動き出すものだ。
この5つを満たす為には、いつも随想日記で書いているように、
「自分の好きなことを見つけて、それに集中する」しかない。
私自身、好きなことをして生きてこられたことが一番の誇れることだ。
この随想日記で一貫して私も主張してきたことである。
最後に『楽しかった!』と言い切れる生き方である。
『好きなことだけをして生きていく』には、それなりのノウハウと
能力と環境が必要である。
その方法論を具体的に解りやすく書いてある本があった。
初心者向きで、どちらかというと先人の知恵を租借している内容だ。
といって好きなことをしてきたと自分で言い切れることがよい。
以下、インターネットで調べてコピーしておきます。
・・・・・・
「『好きなことだけをして生きていける人』はここが違う」
中川 昌彦 (著)
ー内容ー
自分の好きなことをして生きていきたい。自分の思い通りの人生を生きたい。
そう思うが、拘束の多い社会で、あきらめてしまう。
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07月22日(日)
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