ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2295, 中島義道の「池田晶子」追悼文 -1
十年前に、近くの再開発ビル建設の時も、反対にまわって・・・・

これさえ決定すれば、新潟駅前事業も軟着陸できそうだ。
ついているのは、最後までついていることになるはずだが?
それにしても丁度良い時に、丁度良い工事が図ったように始まるものだ。

・・・・・・・・・
2004年07月16日(金)
1200, ロマン・ロラン
 ―哲学についてー16

学生時代、野田一夫教授の[経営学]の授業で、ロマン・ローランの
ーベートーベンの生涯ーを勧められ読んだ時の感激を今だ忘れることができない。
1967年6月中旬だった。
高度成長期の時代背景もあってか、彼の理想主義が大きく心に刻まれた。
彼は生涯をかけ人間の善意と崇高さを信じ、理想を求めたヒューマニズムの作家であった。
演劇作家から、しだいに偉大な天才たちの評伝を書くようになった。

『ベートーベンの生涯』の中で
「ぼくの芸術は貧しい人々の運命を改善するために捧げられねばならない」
と述べている。「第九」は作者ベートーベンの人生ー病苦、難聴、絶望―
を投影している。それでもベートーベンは生き抜く意思を込めた曲である。
悲痛な心情とともに、それを乗り越えて、芸術で人々に尽くすことに生きる意義を
見いだそうと格闘する魂。
その使命感が彼を救ったのである。
音のない闇の中、ベートーベンは光を見つける。
「これこそそうだ! 見つかった!! 歓喜! われらに不滅のシラーの歌を歌わしめよ!」
(『第九』発表1年前、音楽ノートにつづった言葉)
「第九」は、第1楽章から第3楽章まで、あの「歓喜の歌」の旋律が断片的に現れては消え、
最終楽章に向かって苦悩し続ける。
そしてついに「おお、友よ。この調べではない」と、最終楽章でこれまでを否定する。
それは、これまでを全否定しているわけではない。
実は、現れそうになっては消えたあの調べ、あの旋律こそが主題の「歓喜」であり、
今までの苦労の中に「歓喜」はあったのだと劇的に展開していく。

 ーベートーベンの言葉がよいー
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐えることができる」
「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」
「私は善良よりほかに卓越性のあかしを認めない」
「諸君、喝采したまえ。喜劇は終わった」(ベートーベン最後のことば)
「苦難の時に動揺しないこと。これは真に賞賛すべき卓越した人物の証拠である」

ロマン・ローランは、彼の音楽と言葉から苦痛と、それをのりこえた魂の偉大さを
感じとる。そしてその生き方と彼の理想主義がマッチしているのがこの本であった。
「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実によってだけでも不幸に耐えることができる」
「苦悩を突き抜け歓喜に至れ」は、私の20代の心の芯になっていた言葉であった。

ロマン・ローランは、他にも多くの格言を残している。
ー彼の言葉を抜粋するとー

・愛はそれが自己犠牲であるときのほかは、愛の名に値しない。
              ―「トルストイの生涯」―
・真理への愛のみが、我々を決して裏切ることのない唯一の愛だ。
              ―「愛と死の戯れ」―
・三つの大きな性的異常のうち、
第一のもの《自愛》は、個人にもっとも害を及ぼす。
第二のもの《同性愛》は、人類種族にもっとも害を及ぼす。
第三のもの《近親同士の愛》は、社会にもっとも害を及ぼす。
              ―「回想録」―
・諸種の主義のあいだの闘争がなんだというのか。
 唯物論、唯心論、社会主義、共産主義といったところで、
  それはどれも繋いだ犬の首輪なのだ。
              ―「魅せられたる魂」― 
・理想主義のない現実主義は無意味である。 
 現実主義のない理想主義は無血液である。
              ―「先駆者たち」―
・英雄とは自分のできることをした人である。ところが、
 凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる。
              ―「魅せられたる魂」―

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