ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2294, ハニカミ王子に、ハンカチ王子って何?
何か、寂しそうで生気が無い顔をしていた。思わず泣いてしまった。
翌日、家内に寝言で泣いていたと言われた。その後に、仏間に誰かがいる気配がした。
起きていってみるが、そこには誰もいない。 それも夢であった。

ー過剰情報ー
全国ニュースを見ていると、中越地区が水浸しで沈没しているような感じる。
一番凄そうなところをカメラマンが取っているのだが。
情報化はこういう異様な現象が出る。
ほんの限定的な一時的な現象をことさらオーバーに報じる。
そういえばイスラエルに行った時の事を思い出す。
アチコチでテロが続発しているイメージが強いが、現地の99.99lの生活は
普通である。世界各国から信者が礼拝に来るが、どこの国の人も家族に戦地の
真っ只中に来るように誤解されるという。
よほど自分の病気か自動車事故のほうが恐ろしいのに。

・・・・・・・・・・
2003年07月15日(火)
832,「阿弥陀堂だより」−映画日記

 先週末にDVDレンタルショップで『阿弥陀堂だより』を借りてきて見た。
何げなく借りてきたのだが、何とも味わいのある内容であった。
あとで作家の南木けい士の『自書を語る』をコピーして貼り付けておくが、日本の味わいと、
スローなテンポと日本人が忘れていた故郷の世界を感慨深く表現していた。

主役の夫婦が春に信州の田舎に転居して来て、田舎の四季の美しさを見せながら
ストーリーを展開していくスローなリズムが良かった。
美智子役の樋口加奈子がいう言葉『悲しくないのに、涙が出てくる』という言葉が
このストーリを全て言いあらわしているように思えた。
また北林谷栄役の、おうめ婆さんが長野の自然の中に溶けこんでいたのも印象的である。

黒澤明の遺稿シナリオを映画化した『雨あがる』で、日本アカデミー賞を受賞した
小泉堯史監督の新作であることを、インターネットで調べてしった。
 気楽に話題の名作をDVDレンタルで見ているのが不思議な感覚である。
特にアラスカから帰ってきたばかりだからこそ、日本のアイデンティテーが
印象的だったのだろう。下手な感想文より以下をご覧あれ!

ーあらすじー
 東京に住む夫婦、孝夫と美智子。夫はなかなか日の目を見ない小説家。
妻は大学病院で働く有能な医者だった。ある時、美智子はパニック障害という心の病にかかる。
それをきっかけに、二人は、孝夫の故郷、信州に移り住むことを決意する。

山里の美しい村に帰った二人は、96歳の老婆おうめを訪ねる。
彼女は阿弥陀堂という、村の死者が祭られたお堂に暮らしていた。
おうめのところに通ううちに、孝夫は声の出ない少女・小百合に出会う。彼女は村の広報誌に、
おうめが日々話したことを書きとめまとめた「阿弥陀堂だより」というコラムを連載していた。
美智子はこの村で診療所を開き、おうめや小百合、村の人々の診察を通して、
医者としての自信と責任を取り戻してくる。…

ー南木けい士の『自書を語る』ー
 阿弥陀堂は生まれ育った群馬県吾妻郡嬬恋村大字三原の下屋組と称される十軒あまりの
 集落の裏山にある。そのすぐ下の墓地には私が三歳のときに死んだ母や、以後十三歳の
 春までこの集落で私を育ててくれた祖母の墓がある。弱りきった精神は退行を好む。
 あのころの私は底上げなしの、あるがままの存在を許されたふるさとの自然や人の
 なかに還りたかった。
 
 しかし、実際に還ったところで懐かしい人たちはみな死者であり、ともにながめる人を
 亡くした風景は色あせて見えるだけだろう。ならば言葉でふるさとを創り出すしかない。
 そんな想いで『阿弥陀堂だより』を書き始めた。

  祖母は村の広報誌のことを「村だより」と呼んでいた。「阿弥陀堂」と「村だより」、
小説の題名はこの二つをくっつけたのだ。祖母たち老人が先祖供養の念仏をもうしながら
数珠を回していた阿弥陀堂。その小さな庭からは向かいの崖と谷底の川と狭い集落が見渡せた。
それが幼い私にとっての世界の景色のすべてだった。もし生きのびられるのなら、

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07月15日(日)
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