ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2250, 耐震偽装 −6
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。
さすがに最近は出なくなった。
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2002年06月01日(土)
424, 父・堀井誠作のこと -1
一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。
早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。
父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。
・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、
父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
当時の長岡では3〜5万が一応資産家の目安だったというから、
もともと裕福な家だった?私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。
その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。
しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、
かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。
以前父のことを書いた文をコピーしておく。
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ーH0505小説のような本当の話!ー
十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。
ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。
生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、
お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。
たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に、
正直に事情を話したところ、父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。
それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。
聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。
そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく考えさせられる出来事でした。
父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった。
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2003年06月01日(日)
788, 産能大学ー講義レジメ
ー来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。
1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状
2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは
4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか
5、現在の景気について
ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。
40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカのチェーンストアに学ぼうとしていた。
ジャスコやヨーカ堂やダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一のもとに勉強会を作った。
それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。
私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の
二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。
その会社もジャスコの偶然だが傘下に入ってしまった。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。
また会社設立から、「ペガサスクラブ」に入会した。
ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
・スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。
オールシングル
統一料金
ロープライス
ー創業ー創造について
カタチつくり
(カ・カタ・カタチ)
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06月01日(金)
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