ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2134, 時間についての一考察 −1
ことがあった。
・絶望のその気持ちや混乱を大声で喚くことで静める防音の部屋が
どこの病院にもあるという。
もう他人事ではない年齢だ。
本人しか解らない死の恐怖!
死を自覚してから死ぬまでの時間、それまで生きてきた全ての人生を圧縮
した時間が流れるという。
キュ−プラー・ロスという「死ぬ瞬間」という本を出している死の見取りを
専門にしてきた人が、その本で究極の死を受け入れの心理過程を書いている。
確かまずは拒否、怒り、取引ー自分との、受容。
・父が死ぬまでの一年間、しっかりとその時間の中でそのプロセスをみた。
生への渇望ーその砂漠の真ん中に一人取り残された生への渇きの極限状態だ。
その時父に「昔の哲学者がー本人にとって死はない!という話をした。
死んだ瞬間それは自分でないから、生きている限り自分の死は存在しない。
存在するのは他人の死だけだーエピクロス」と。
父がその時ホッとした顔で「死について初めて解ったような気がした」
と答えた対話が鮮明に残っている。
それまでの父の口癖は「死んでしまえばそれまでよ!」であった。
・死ぬのは仕方がないことである。ただ後悔をして死にたくない!
いや、後悔したっていいじゃないか、死んでしまえば全て無なのだから。
生まれる時も独り、死ぬ時も独り。
生きている時も独りだ。ただ忘れているだけでしかない。
考えてみれば、生まれる前の状態に戻るだけ。
誰もが生まれる前の状態と、死んだ後の状態が生きている時でも
取り囲んでいる。寝ている状態はその際に戻っているのだろう!
以上、死のおさらいでした!
・・・・・・
2002年02月05日(火)
322、一人旅 ー「北海道」編
「北海道一周、九州一周、紀伊半島、能登半島」
けっこう経験しているが、世界一周の一人旅の経験はしてない。
人見知りするためか、どちらかというと「一人旅」は苦手だ!
といって振り返ってみると、結構経験をしていた。
若い時の一番人見知りの時期ほど旅をしているのは、若さのエネルギーか?
そのいくつかを書いてみよう。
今回は北海道である。
大学の4年の時である。今でいうと自己逃避か、はやまた気取りか。
いやそうしなくてはならない「自身の何か?」であった。
かっこよく言えば行き詰った自己打開ということだったのか?
といって、それほど無理した旅行でなかった!
殆ど記憶に残ってないが、確か列車の乗り継いで青森へ!
そして連絡船で函館?そして札幌、釧路、根室、知床、網走と汽車を乗り継いだ。
書いていていて、多くのことを思い出してきた!
印象的なことが結構ある。
やはり青春の一番の思い出の一つである。
自分ながらよく行ったものである。
世界への一人旅へ出なかったのが悔やまれる?
いや当時はまだ無理だったのか?
あの時何故日記を書かなかったのか?書いておけばよかった!
何か何処かの山の上によじ登り、尾根を歩いたのを思い出した!
一人に対して何の寂しさとか、不安は何もなかった?
いやあったが忘れてしまったのか?
函館の函館山から見た夜景を鮮明に思い出した。
屈斜路湖、摩周湖、層雲峡と・・・・
一応振り返ってみると、やるべき時にやるべき事はやっていたようだ。
30数年たって、この旅行を初めて振り返ってみた。
行方不明のアルバムに写真が残っている筈だが。
青春時代はいつも大きい壁があった。その為フラストレーションが
マグマのように溜まっていた。
それがエネルギーになっていたのだろう。
・・・・・・・・
2月5日 1969年
11時に「価格理論」の試験であった。
あれだけ必死の勉強をしたが、満足がいかなかった。
帰りは、川崎と一緒だった。
帰寮後は、今日の試験のショックでやる気が起きない。
いや、昨日のこともあるか。
産関論の試験勉強をする。
あまり熱が入らない。
しかし途中から集中ができた。
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02月05日(月)
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