ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2101, ウェブ人間論 −2
   していたが、少しオーバーに思えた。。
  日本では年越しにマトメテ年をとる習慣があったのも年越しの
 思い入れにあったのだろう。
 田舎や実家に年二回帰る習慣はやはり根強い

 これを書きながら、実家以外で正月をむかえた事の少ないのに気が付いた。
 初めて勤めた年に神戸で宿直をしたことと、
 7〜8年前にタンザニアでの年越し位である。あとは全て両親か母親と供にいた。
  実家は私が引き継いだ為に、いまも実家で正月を過ごしていることになる。
   反面、タンザニアにしても、神戸の宿直は強烈な思い出がある。
  以下をコピーしておきます。  
  ーーーー
-H10・01  タンザニア・サファリ -
 アフリカは何と不思議なところであろうか。
  行ってくるだけで魂がいやされる。ケニアの南に隣接したタンザニアは、
   ケニアの首都・ナイロビより車で5時間のところに国境がある。
   ケニアの国立公園は一歩、中に入ると世界中のサファリ観光の為、百年以上の
    時間をかけて、整備がされてあった。
     しかしタンザニアのそれは全くの未整備、サファリという言葉がまさに
     ぴったりであった。ケニアよりさらに二日もかけてのサファリの為、
     ただ行って帰ってきた感覚だったが、それでも強烈な印象はケニアのそれとは
     比較にならない程強い。
     @ あのどこまでも続くセレンゲッテ国立公園の大草原の地平線
     (360度の視界がすべて地平線である。)ここを車で走っているだけで 
     魂がいやされる。もちろん生まれて初めてみる360度の地平線である。
     A ンゴロ・ンゴロ国立公園はタテヨコ、16Km×19Kmのクレ−タ−に
     とじこめられた野生動物達のロスト・ワ−ルドである。
    この中に東アフリカのほとんどの種類の動物がとじこめられているという。
   自然がつくりあげた自然動物園であった。
 B 大みそかの晩、特別に現地の運転手達に招待されたホテルの寄宿舎近くの
  スナックのアフリカ式年越しパ−ティのさわぎが一番のハイライトであった。
  ホテルから車で15分のところにある掘っ立て小屋風のスナックであった。
   街頭があるわけが無い真っ暗な中にあった。
   自分がドキュメンタリ−の主役になったような別世界であった。
   20〜30人が、そこで潰した羊の肉で酒を飲んでいた。
   色っぽい現地のママがいた。その部分はどこの世界も同じだ。
   外にも椅子が置いてありバーベキューをしていた。
   4〜5匹のハイエナが焼肉の臭いで近くでウロウロしてのが唸り声でわかった。
   子供たちはハイエナに襲われないようにバケツを叩きながら遊んでいた。
   そして全員で年越しのカウントダウンを数えて、その瞬間歓声をあげた。
   少し離れた寄宿舎からも歓声が聞こえてきた。
   少しすると、我々に引き上げようという。
  これからは危険だという。
 喧嘩や暴行がおきる可能性があるからだ。
そそくさと、面白くなりかけたところで帰ってきた。
日本人では、特別に招待された5人であった。
 これで4年連続のアフリカだが、いつも担えきれない何かを持って帰ってくる。
  そして1回ごとの旅行のたびに、意識が拡大していく事が実感できる。
  心の奥深く潜む神秘の領域までとどく体験でもある。
   神話の英雄が日常の世界より、超自然的で不思議なものが住む世界に入り
   決定的な経験、そして勝利を納める、まさにそれに近い世界を体験する。
   ますますアフリカ病が重くなった。 −1997年12月28日〜1月4日
 ・・・・・・・・・ 
2003年01月03日(金)
630, クロスエンカウンター

仏教学者の紀野一義の講演会で
「ー縁ーの英訳で迷った訳者がキリストの十字架との出会いと人との出会いを
 兼ねてクロスエンカウンターと訳した」という言葉が印象的であった。
  先日読んだ野口悠起雄の本に

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01月03日(水)
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