ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1961, 今日はお盆−3
 
6、自分の趣味の世界を深めていくこと。
 
 (1)海外秘境・異境旅行を年2~3回は可能限り行くこと。
    ー年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける
     60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう
   最大限努力する。70歳までに70回を次の目標とする。
 (2)ウオーキングは毎日続けること。
 (3)話題の映画やDVDを見続ける。
 (4)随想日記を書き続けること。
   ーホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、
    情報の蓄積倉庫でもある。その維持発展に努めなくてはならない。
    特に、随想日記は大きな発信媒体かつ蓄積倉庫でもある。
 (5)読書を幅広く読むこと。
 (6)気の置けない人との居酒屋通いを続けること。
 (7)常に何事にも興味を持って面白おかしく追求する。
   ー新しい変化に注意を向けることとする。
   デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置くこととする。
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以上が先回書いたミッション・ステートメントを叩き台にして
書き換えたものだ。
前回より解りやすく一段良くなったようだが、まだ何か足りないような
気がする。
実際、いま実行しているのが倫理的事項以外が、大部分のような気がする
からだ。
この改訂にやはり3時間の集中時間がかかったが、今一度書き直すべきか。

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2002年08月16日(金)
489,送り火ー母への追悼文

今日はお盆の送り火ーご先祖様があの世に帰っていく日だ。
6年前に亡くなった母の通夜の挨拶の下書き文を書いてみた。
もうあと一ヶ月で7回忌だ。
   机の中から偶然出てきた文を書いておく。

  −通夜挨拶ー         
  平成8年9月25日20時

本日は母の通夜にお忙しい中,遠方よりご列席いただき
有難うございました。母も心より喜んでいると思います。

この7月半ばまで浮腫で入院していましたが、昨日の9月24日の
12時51分に帰らぬ人となりました。

当初は三週間の入院予定で順調に回復しているように見えましたが、
まさかこれだけ早く亡くなろうとは・・・。
88歳6ヶ月の命でした。

母は生前、今夜飾られている写真を自分で用意して‘私の葬儀に
必ず飾るように!’との遺言でした。本人が一番気に入っていた写真です。
また通夜は明るく華やかに!とのことでした。

私自身29歳の時から21年間、母と同居、
母に手を取られて今日まできたというのが実感でした。
自分でいうのは何ですが、本当に偉大な母でした。
母の死で自分も初めて一人立ちができそうです。

七年前に脳梗塞がでて以来、大木がゆっくり倒れていくように・・・。
そして今日に至りました。その中で一人の人間の「生老病死」
のすざましさを身近で見せてもらいました。
私も死ぬ時は母のように死にたいと思います。

母とは二年前より、早朝長岡ニュータウンの広場までドライブに行き、
誰もいない散歩コースを20~30分、車椅子で一周するのが日課となっていました。
そして途中のベンチで一本の缶ジュースを半分ずつ飲むのが・・・。
正に霊界を二人で宙遊しているようでした。
そして一回ごとに、これが最後かと、これが至福の時かと実感していました。

今夜は通夜参列いただきありがとうございました。
明るい話をするつもりが涙が出てしまいました。

重ねて、参列有難うございました。

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 2001年08月16日(木)
[109] 偽坊主 [110] 正中心一点無

[109] 偽坊主

今の仏教界ーいや仏教業界よりましな話!

10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、
ふと哲学的になってしまった。
内容というと「世話になったお寺の和尚が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、
口からデマカセの法事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー


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08月16日(水)
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