ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397991hit]
■1704, 家訓づくりのすすめ −1
―欧米や日本企業でどれだけ実践されているか見ていこう
3 、ナレッジマネジメントに必要な人と組織とは?
―ナレッジマネジメントを成功に導く人材の条件を確認しておこう
4 、ナレッジマネジメントを実践するには?
―ナレッジを収集し、品質を維持し実践的に活用するにはどうすればいいか
見ていこう
5 、ナレッジマネジメントを成功するための情報テクノロジーとは?
―企業環境やインフラ整備はどのようにすればいいか見ていこう
6 、社内外からナレッジをどう集めればいいか?
―社内外のベストプラクティスを集積するためのポイントを見ていこう
7 、ナレッジマネジメントシステムの導入方法は?
―日本総研の例を見ながらナレッジマネジメントシステムの構築と
活用の方法を見よう
8 、先端事例に見るナレッジマネジメント成功の条件
―国内外の先進企業がどのように導入しているか見ていこう
参考資料−2
「ベンチマーキングとはなにか」
高梨 智弘 (著)
生産性出版
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
598,八ちゃんの時代ー2
2002年12月02日(月)
少年期までは今考えても、かなり刺激的な環境で育った。
生後3ヵ月後に、長岡の東神田から大手通に帰ってきた記憶がある。
もしかしたら父親の話の刷り込みかもしれないが。
子宮の中の記憶のある人もいるとか。
お手伝いの背中におぶさっていたのも這い這いも憶えている。
歩かされた時に面倒くさいと思った事も。
商売の真っ只中で育ったせいか、今も人ごみが好きである。
スーパーや飲食店に行くのが異常に好きなのは、三つ子の魂百までだ。
競合店がオープンすると偵察に行った、5歳の頃である。
家族全員が毎日の売り上げに一喜一憂をしていた。
もう50年以上も昔のことだ。
今考えると当時は金色に輝いていたように思える。
生きるのに必至の両親の姿がそのまま伝わってきていた。
素晴らしい時を両親と共有できたのだ。
兄二人の死とその5〜10年後の母の心筋梗塞の死線があった。
これで母は死ぬんだと思った、しかし生き延びた!
2歳の頃に実家で更に新しい事業を始めた。
その記憶が生々しい。
ビル建設の完成まで住んでいた木造の家の下に丸太を入れ、
近くの公会堂の前の広場まで移動した。
完成するまでそこで店を開いていた。
建物の完成した引越しの日々が生々しい。
コンクリトーと生壁の匂いと混乱の凄みを。
あの時代は皆が必死であった。
1階は店,
2階が倉庫兼事務所、
3階が自宅兼店の食堂と風呂、
4階が従業員の宿舎兼後方であった。
毎日が戦争のような日々であった。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
[254] 愛の貧乏大作戦
2001/12/02 13:44
-土曜日の13時放映
「商売の上手くいってない料理店」を建て直す番組である。
その対極にある繁盛店に、その主人が修行に行ってその精神を叩きなおし、
繁盛のコツと技術を教え込む番組である。
ー上手くいってない理由の共通点がある。
1、全てでないが まずは夫婦仲が悪いか、あるいは片方が死んでいるか、
離婚をしている、生活が壊れているのだ。
2、甘い、甘いから上手くいってない。プロの自覚がない。
店を張って生きていく事の厳しさの自覚がない。
3、上手くいかない理由が解かってないから、横に商品の間口を広げていく。
(アイテムの数を増やしていく)
その為一品一品の力(商品力)が落ちていく。
4、仕事を楽しんでない。
商売にかかわらず、なんごとでもいえることだが上手くいくコツは
「選択と集中」である。その正反対をどんどんやってしまう。
それを一週間の修行で叩きなおせる訳がない。
[5]続きを読む
12月02日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る