ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1560, トヨタ流 仕事の哲学
けれども、そんな肉体の痛みとは裏腹に、精神は高揚していて、とても 気持ちがいいのです。
階段から落ちた前後の自分の行動の記憶はまったくないのに、あの不思議な光に
包まれた記憶は鮮やかに脳裏に焼きついていました。
あのまばゆい光の余韻や、悟りの境地にも似た研ぎ澄まされた感覚は、忘れようとしても
忘れられないものでした。
私は限りない至福感に満たされ、恍惚とした気分でベッドに横たわっていました。
ようやく歩けるようにたった次の日、外の空気が吸いたくなった私は、痛いからだを
ひきずって窓のところへ行きました。
窓を開けると、そこには秋の田園風景が広がっていました。
刈り入れを終えたあとの田圃がどこまでも続き、稲が束になって下がっています。
のどかな景色を眺めながら、自分が今、奈良の郊外にいることをふと思い出しました。
すがすがしい稲の香りが胸の中に広がったとき、突然、大きな感動がからだを貫きました。
稲や土、光や風、自然界のありとあらゆるもの、大宇宙のさまざまなものがすベて、
素晴らしい秩序の中にあって、それぞれが一つひとつの役割を果たして調和している、
そうして燃えている―─。
それは閃きに似た強烈な感動でした。大宇宙との一体感を、頭ではなく、
からだ全体で、魂の深みで悟ったような感じでした。目から鱗が落ちるどころではありません。
そのような至福の状態が三日間くらい続いたでしようか。からだが治っていくにつれ、
その高揚感も薄れ、やがて徐々に日常の平静な状態に戻っていきました。
けれども、あの光に包まれる体験をしてから、まるで別次元の境地に達したように、
私の中ですべてが変 化していました。それまで悩んでいたいろんなことが、
とても小さく見え、いっせいに霧が晴れたように、
私の人生はすがすがしく晴れ渡っていました。
そして、私の心の中には、ある言葉が、美しい鐘の音のように響きわたっていました。
「大切なのは、知ることと愛すること。それだけが大切なのだ」
鈴木氏は、その後に彼女の身に起きた数々の不思議な出来事によって、あの光との出会い
の体験が、たんなる夢や幻覚ではなかったという確信を深めていく。
その第一は、この事故の5〜6年前から患っていた膠原病が、事故のあと完全に治って
しまったということだ。
膠原病は原因不明の難病だ。彼女の症状は、急に寒さにあうと、からだ中が硬直してしまう
というものだった。血管の流れは滞り、手は死人のように真っ青になって、
ときにはからだに鉄の輪をはめられたような痛みで息もできないほどだったという。
長年苦しめられていたそんな膠原病が、すっかり治ってしまった。
検査の結果、血管が詰まっているところはどこにも発見されず、本人も医者も
びっくりしたという。病気はその後二度と再発することもなく、それどころか、
あの臨死体験以来、病気ひとつせぬ丈夫なからだになったという。
彼女が自分の体験を幻覚でないと確信した別の理由は、
レイモンド・A・ムーディー・Jrが書いた臨死体験についての本を読んだことであった。
事故のあと、まだ入院をしていたあの日、見舞いに来たイギリス人のシスターが、
いま面白い本を読んでいるといって紹介してくれたのが
ムーディーの『 LIFE AFTER LIFE』(日本語版『かいまみた死後の世界』評論社)であった。
そのなかには、臨死体験をした多くの人々のエピソードが集められている。
友人が、「臨死体験をした人たちの中には、光に出会う人々もいるらしい」と語り始めたとき、
鈴木氏ははっとする。
「その光は生きた光で、まばゆいけれど、まぶしすぎるという感じではなくて‥‥」
だとすれば、それは彼女が出会った光とまるで同じだ。
鈴木氏は、そのとき初めて自分のあの体験が「臨死体験」だったことを知ったという。
こうしてムーディーの本に出会い、それを読み終えた頃に、担当の医者から膠原病が
すっかり治っていることを告げられたのだ。
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07月11日(月)
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