ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1149, ああ結婚! −1
2、中学、高校は、自分に適した大学、高校選びである。
  マセタ子供なら緊急事態の性欲処理としての異性の確保であろう。

3、大学はそれまでの進学という目標から、
基礎教養と,会社選びと職業選択の知識の収集である。

4、そして社会人。
  男の場合は、その集約として会社の仕事の把握である。
  そしてその中での出世がポイントとなる。
  女性の場合は、結婚相手の選択が大きい位置を占める。

6、そして家庭づくりである。
  家と子供育て、そして会社では自分の出世、事業ならその発展である。
7、・・・
  
そして最後は「ころりと死にたいと望む老人の切なる願い」

 以上のようなことが、その年齢でどんどん変化していく。
 以前書いた人間の7年・8年の周期説がある。
 その周期ごとの価値観の変更とも考えることができる。
 それを受身でなく、積極的に自ら変えていく時節。

 どんどん変わっていく価値観と、変わらない価値観がある。
 そして地域によって違う価値観がある。
 その年齢ごとの欲望の変遷でもある。

 56歳ー7年説から考えると、8*7=56歳で変身の歳・時節にきている。
 価値観の再検討、いや今の変えるべき価値観からの脱皮の時節という事か。

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 2001年05月26日(土)
[32] 34年ぶりの文章化

欧州1周旅行(印象記)欧州1周 ー 1967・07〜
   デンマーク(コペンハーゲン)・スエーデン・イギリス・ドイツ・フランス・スイス・
   イ   タリア・オーストリア・タイ・・・ 

・34年前の立大三年ー大学の海外旅行研究会が募集した旅行会が募集した
 欧州1周旅行に参加した。
・期間 は30日間ー1967年7月01−30日ー総勢 40名
・ 団長 高木豊 添乗員 玉井 氏であった。 −深井・川崎・酒向・池永・堀井八郎・・

内側(内面。国内)ばかり見てきたそれまでの世界観が一変、地球の広がりを肌で感じた
当時年間20万人しか海外旅行者はなかった。カルチャーショックで、人生観が
全く変わってしまった。自分の世界の狭さを知る人生の一大転機でもあった。
それまでの総てが粉々になってしまった。人生でこれだけの楽しみも初めてといってよかった。

その時の印象に残っている事は、
1.まず自分は東洋人ということであった。
 白人の世界で初めてそのことを自覚をしたのだ。それと露骨な人種差別の視線を。
2、欧州の豊かさも想像をはるかに超えていた。
3、また文化の深さに驚愕した。毎日毎日見るものふれるものが、全て新鮮で興奮の連続であった。 全く事前の知識を入れてなっかったのが逆に良かった。
4.若さにありがちなコンプレックスの塊の自分に初めて自信がついたー行動としては
 初めてといってよい。

A.まず機内ーー飛行機で食べたヒレステーキーこんなにおいしい牛肉は生まれて初めて!
 
B.デンマークの街並みの清潔かつ美しさ!一人で路面電車に乗ったとき嬉しさと不安!
 郊外にあったお城からみた緑と空の色!当時日本では殆どなっかったコッテジ風ホテル

C.スウエーデンでみた金髪美人の美しさと着こなし!それが北欧の街並みにぴったり!そこの
 バイキングの食事―バイキング方式の食事の存在をそこで初めて知った。

D・ロンドンの王宮そしてビッグベン。イギリスではパブが印象に残っている。
 軽くスタンドでビールを飲める感じであった。

E.ドイツはミュンヘンのビヤホールの大きく豪華なこと。
 確か2000人位の客がステージの楽団にあわせてホール全体が一つになり楽しんで
 いのるのが不思議に思えた。なるほどヒットラーが出るわけだと思った。
 また古い街並みと古城のよいハイデルブルグそしてライン下りで見た田舎ドイツの
 何とも言えない深みのある景色。

F.スイスアルプスの登山列車から見る山並み。    

G・オーストリアで飲んだ地酒のワインと生ハムの美味しい味。 


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05月26日(水)
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