ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7781,閑話小題 〜この急激の円安は、厳しい
ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。
そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。
普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、
稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、
現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での
仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れ品の仕入れが終わった。
そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。
 その時、思い浮かんだのが、父と中学、高校時代に一緒にまわった記憶。
まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、
商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて
いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が
過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、
現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、
全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは
『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』
であった。これが大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、
父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の
相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、
思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前
予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。
その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、
半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに
なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。
激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。

・・・・・・
5574, 突然、余命宣告を受けました ーC
2016年06月19日(日)
    『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 自殺願望の八割が、いざとなると
 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択
したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死に
ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな
自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された
人間の最大の自由の行使になる。  〜その辺りから〜
≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。
 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、
生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される
そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の
処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望"
が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。
つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と
分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と
言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、
「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。
だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで
いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと
なのではないのでしょうか。≫
▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの
 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺
 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 
 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、
<死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ>

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06月19日(日)
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