ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7557,閑話小題 〜 …衆院選挙の街宣車のガナリ声が
ストレスが最たるのがイスラエル、とりわけエルサレム。30年前に行ったが、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で、世界中から観光客で満ちている。
そこは、際どい緊張感が漂っていた。 この本で、その衝突に出会って
しまった経験が書かれていた。 文化と文明の境目のイスラエルという国。
この旅行の全てが『瞑想』のような錯覚させられた濃厚な…
余命、半年と宣言され、動転しているなら、是非、行かれたら!
殺伐とした砂漠の景色の先に、生の輝きを垣間見ることになる。
―
〜30年前の社内報に書いていた文章が手元にあった〜
(生の体験そのままを書き残す意義とエネルギーを感じる内容である)
これでも、実感のほんの僅かしか書ききれてない。 再度言う…
自分が主人公になるしかないインドとイスラエル、是非とも!
『 今さら遅い? 生きて煉獄の一端を味わえるのだからこそ行くべし。』
≪ * 1999/0105 〜イスラエル聖なる旅〜
この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。
四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどのドラマがあった。
現地の日本人ガイドのシャワ−のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果
となった。関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。
考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。
旧約は先入観で固く難しそうであったが、読んでみれば何もむずかしくない、
ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。
印象の強い順に列記してみると、
◉ まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されている
といってよい。四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、数え切れない戦いの
舞台となった。そして現在も続いている。
この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロロ−サ。
磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。イスラム教の重要な寺院
=岩のド−ムとアクサ寺院。 ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、
そしてダビデの塔。旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま
物語っている。
◉ 次はモ−ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。
そして、その麓にあるカタリ−ナ修道院と、神の声をきいたという“燃える柴”。
そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。
“マサダの要塞”=この旅行までは全く知らなかったが、キリストが死んだ
四十年余り後に、ロ−マ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名が
たてこもった自然要塞。陥落の前日、そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、
七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った
(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。
イエスの生まれたベツレヘムの岩のほら穴の馬小屋と岩の飼葉桶。
ユダヤ教エッセネ派の“死海写本”が発見されたクムラン洞穴。
一九四七年、近くを歩いていたベトウィンの少年が、洞穴で土器に入った
巻物を発見。壷に納められた六〇〇を越える巻物には、イザヤ書全巻や旧約聖書
等々記されていた。今世紀最大の発見といわれている。ここで他にとんでもない
事が記された文書があった。
―イエスキリストが主張された大すじが、そのずっと昔のこの文書の中にあった。
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10月24日(日)
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