ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7547,閑話小題 〜時間だけは、刻々と過ぎ去っていく!
『パックツアー』のHP内検索で、6年前の「文章」が出てきた。人生そのものを、
"観光" "旅" "旅行""ツアー"から類推すると、考えさせられるヒントが垣間見え
てくる。長い人生もまた、それぞれの要素が絡み合い、様々な問題が解けて見える
ような感覚になる。
 パックツアーなればこそ行ける旅先に、ゲーム感覚で、旅の「道中」の予期せぬ
トラブルを愉しみに替え、目的地の光と影に感動し、束の間の旅路を愉しむことが
人生の旅路と重ねる。

 「物語」は、ヒーロー、ヒロインが様々な難関を解決し、乗り越えていく過程
を味わう筋立て。義務教育からは、高校、大学は、実社会へのモラトリアム期間
(猶予期間)。子宮内で、生命の進化過程を経験するという。 
高校、大学時代は人生の旅立ち前に、サークル、バイトに、恋に、遊びに… 
広く交友を持って一生のデザインを考える予習の時節。リタイア後は、目先に
迫った死を前にして社会的束縛から一度、解放され第一の人生の復習と、第二、
第三の人生を歩き出す節目時。
 様ざまな人間の生き様、考え方も、ツアー最終段階と、帰路の飛行機内の思い
に耽る黙想に酷似している。人生は、旅を類推し、同定することからヒントを
得ることが出来る。 短かそうで長い人生にはトラブルが付きものだが、問題は
解決のための事前準備。困難は出たとこ勝負でも、その多くは、経験知として、
知識として事前に知ることが可能である。『それさえ知っていたら!』の無知の
涙を流すことになる。 その経験知が集約されたのがパックツアー。

 まだまだプッツン前に、見たいところだらけ… 観光ツアーでも充分、魂に
歴史を刻印をしてくれる。秘・異郷ツアーは、日常の100倍の価値を感じとれる。
ライフワークとなると、話しても話しても、話尽きることはない。 
 52回×10日×100倍=52000÷365日=142年。
少なめで10倍の濃度で、14年分は長生きした充実感はある。
とすると+14歳=86歳? いや、実感はマイナスで、58歳。
実感は2倍、70年! とすると、日常の50倍の濃度。 
 …丁度、話半分ですか。

・・・・・・
4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている
2012年09月30日(日)
               「異郷日記」西江雅之著
  * 現代の日本人の人生は、ツアーに似ている   
 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。
早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、
原住民と触れ合う機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。この本は
4年前に出版されたものだが、既に早大を退職し、気ままに国内外を講演で
まわっているという。その著者の体験談の一言一言はツアーでしか、秘境に
行く機会のない者にとって、参考になることばかり。
 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から…

≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との
 重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、当然、その重り合いは
 大きくなる。
◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わう
 ために金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ少なかれ、
地理上の身体移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を
持つ社会に属す人々にのみ許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わ
させてくれる事物は、土地の人々から見て、必ずしも本物である必要はない。
それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物であったならば、訪れる人々
にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなくなるだろう。
それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 
 観光には"…らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する
側とを含めた、全体としての観光というものを話題の対象とすれば、そこには、
企画、経営などという側面が大きな役割を果たすことは言うまでもない。

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10月14日(木)
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