ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[386330hit]

■7421,閑話小題 〜心身の健康を維持するために
【熊:おれは27%で、寅は60%、八ちぁんは10%、大家は3%かい。
 寅:いや、俺は40%さ。八は世間をシリアスに貶しているからな。
  でも歳をとるたび、人嫌いになってるからね。
大家:私が3%ですか。5〜6%辺りじゃないか。それにしても、
  この法則を世間度数に当てはめるとは流石。世間、現実に埋没するほど、
 危険なことはないことは確かだよ。 今日から、『終わった人』という
 映画が上映されるというけどね。東大出の銀行マンでも、ライフワークを
 持たないと、こうなるんだ。
八:このブログを読める層は、ライフワークの必要性を気付いているだろうが…
 仲間内のゴルフか、カラオケが、それじゃあ、節目がつくれないよ。
寅:10年前にさ、映画室が10ある映画が郊外に出来た際に、八つぁんに
 勧められて月に1〜2度通いを始めてさ。御蔭で、少しは世界は広まったよ。
八:まだまだ、私は毎週だよ、毎週。それに寝室で、連日、4時間近くは、映画
 とドラマ三昧さ。それが飽きないの。
熊:世間話の功罪、何時も聞かされているので、注意して他人様の話を聞くとさ、
 あれってヤバイよ。この御蔭で、最下層より上層の35%と思ってるんだ。
大家:そのとおり、馬鹿な中傷を言わなくなったしね。
八:バカは死ななきゃ治らないというけど! 人の粗探しより、自分の好きな
 ことをしろよ。 そう誰も自分は違うと思ってるらしいが…。  

世人:何にも考えず、何もしないで、周りの気だけをつかい、楽しそうに諂って
 生きてきたが、ちっとも面白くなかったよ。だから、他人に腹が立つんだよ!
 「上を見れば腹が立ち、横をみれば腹が立ち、下を見れば底がなし、さ」 
 誰か私の人生を慰めて欲しいけれど、今さらか! 若い時節の私が、今の私を
 嘲笑しているようだし、何か大きい穴がポッカリ空いている苦痛を誰ぞ知る!
 『基底欠損』と一言でいうが、それは、両親の質の問題だろう。それと時代。
寅:世人の生き方も良いじゃないですか。それも良しと、心の底からいえるかだ。
 ただ自分がバカだと自覚はしているがね。一番、立腹すべきは、あんた自身さ。
 泣いて、喚いて、七転八倒し、全身で感動し、感涙しなかったことは、アンタ
 自身の問題。おれ、これでも、してきたさ。だから、ここで実存しているんだよ。
熊:俺だってそうだよ。尤も何も知らない、持たないことで、逆に実存してるけど。

・・・・・・
5195,魂が擦り切れるまで哲学に徹したか
2015年06月05日(金)
   * 哲学という気晴らし  〜『人生、しょせん気晴らし』中島義道著 
 こういう文章を読むと、<この10〜20年、独学で「哲学」を学んできま
した>など、よくも言っていたと自嘲をする。どの道も、命がけでなければ
プロとはいえない。「ひきこもり」と「哲学をする」は、紙一重。
 20歳代に、スランプになると、度々、六日町にある「雲屯庵」という禅寺に
本を持ち込み座禅をしていたが、そこの若い雲水が、時々、「野狐禅など
してもしなくても同じだ」と強烈な批判をしてくれた。若い雲水は命がけで、
禅道を歩んでいるのに、少しの挫折で横たわる代わりの私の野弧禅など、
この馬鹿野郎である。しかし今から考えると、決して無駄ではなかった。
 これと同じことが、哲学の道でもいえる。 〜その辺りから(p91)
≪ 私が哲学にのめり込んだのは大森荘蔵先生に会ったからである。東大
 法学部に進むはずであった二十歳の私は、突如哲学に鞍替えしようと決意した。
その頃、大森先生の書いたものをむさぼるように読んでいた私は、大森先生に
じかに会って、いったいこんな自分でも市民から哲学者という「ならず者」へと
転落する資格があるのか賭けに出た。「駄目だ」というわずかな言葉をも、
視線をも、サインをも見逃さず、その時は哲学を潔く諦めよう。
 こうした悲壮な決意で先生に対したが、思いがけないことに、私は先生から
文句なしの適性を保証されてしまった。「来なさい」と言われ、胸も張り裂けん

[5]続きを読む

06月09日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る