ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[386363hit]
■7410,シネマ観賞 〜 ―1 ‹5月28日›
<青年期には、確かに崇高な精神があった。あの精神は、今でも心の中核に
確かに残っている。それが魂というのだろうか? 20歳代も、現在も… 。
◉ カタルーニャの広場の地の底から死者の声がする。その声は私の耳には
届かない。だがじっと佇んでいると奇妙な心持になる。そしてかすかな
声が我うちから聞こえてくる。
「御前は何者なのだ? ここに何をしに来た。どういう血が流れているのだ。
その血には誇りがあるのか。」
自分という存在の、生きる根源としての誇りが、身体のどこかを刻んでも
流れてくるののか、と問われている気がする。 78p
<地球の各地で、感動で茫然とした時に、必ずといってよいほど、生じてくる
内なる声である。「いま、ここ、わたし」が、この大自然に同化している。
わたしは、何ものでもない。この一部であり、永遠のカケラでしかないが、
ただ、いま、ここにわたしが間違いなく存在している… と。 >
◉ ルソーがなぜゲルニカを世界の理想と言ったのか。ゲルニカは町の中心に
一本の樫の木があり、五百年近くの間、この木の下に人々が集まり、あらゆる
問題を合議し、決定してきた。イサベルとフェルナンドが結婚し、大航海時代
のスペインが誕生する以前から、この共和制の原形を人々は存続させていた〜。
〜一本の木を見る旅をぜひおすすめしたい。 91-93p
<庭の草木の全てが両親が植えたもの。春から夏にかけて、その多くが花を
咲かせる。確かに、二人とも亡くなったが、残したものは生きている。>
――
▼ 『男はつらいよ』の寅さんが、旅先の年寄りに、「ちょっと、旅のお方!」と
呼び止められる場面がある。その土地モノにとって、旅人は止まり木の渡り鳥。
ましてツアーの団体客など… 30歳近くまで東京、三重、神戸、千葉、金沢と
今からすると「旅の人」だったが、私は何ものでもなかった、なれなかった
存在だった。大波の合間を自分という板切れにしがみ付いて漂う存在でしかない。
それが青春なのだろうが。その時の出逢いと邂逅こそが人生だったようだ。
それは人生全般に言えること。だからこそ、人との「別れ際」が重要なのである。
行動指標に「後味の悪いことは極力避ける」を通していたが、甘かったようだ。
それは大方の人に見れるが、大方の人は関係ないこと。
「世界は広い、そして深い!」…求める者にとって、世界は辛い以上に面白い!
「半径500の世界は狭い、そして浅い!」のは、出ないだけ。
‘自分の知っていることしか知らないことを自覚ない’から自分を保てるのさ。
アナタじゃない、今の私。落ち着くところは無知蒙昧! せめて比べないこと。
・・・・・・
5918,閑話小題 〜帰りの宇宙船内で
2017年05月29日(月)
* 帰りの宇宙船で
「何故に生まれてきたか?」の問いかけの答えを考えるに、
「宇宙彼方の惑星から地球の80年の旅に来ていると想定すると考えやすい」
と、そして、「子猿に纏わりつかれ、殆ど地球上の大自然も、人間も、人間が
営々としてつくり上げた「文化・文明」をみること出来なかったことに後悔
する」と書いた。 秘境異郷ツアーに嵌って、私にとっての世界の果てからの
現実社会からのトリップする経験をしてきた。この感覚を「人間の生死」の
極みの実感から、「人間の生きる目的」を考えるヒントにしている。
旅行から自宅に近づくにつれ、ホームベースがあればこそ、余裕を持って世界
の果てに飛ぶ立つことが出来た。それを拡大して、宇宙の果てから地球へ、
約80年の時間に色々な条件を与えられた上に、世界と内界を知り、味わい、
宇宙船に乗って帰っていく。宇宙船内で、自問自答するのは、如何だろう?
観て、経験した、感動と、感激と、感涙した極上の感情体験。四苦八苦、四楽
八楽の経験。それを阻んでいたのは、地球のシリアスな小憎らしいが、可愛い
子猿たち。それらも元の惑星に着いたと同時に宇宙の旅として忘れ去られる。
ただ、帰りの宇宙船内には、両親など因縁のある人たちが居る。数年前から、
[5]続きを読む
05月29日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る