ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6947,閑話小題 ―厳しい!(特に中・小規模企業主は!)
儲かる、この状況では、医療費が膨大になって当然。そろそろ冷静になって、
現実をしっかり受け止め、無駄な延命治療から死を支える医療に転換すべき
ではないでしょうか。 死を支える医療は、よけいな治療をしません。
医療費が安くなれば、患者側も自己負担が少なくてすむし、国民の医療費も
削減されます。これで困るのは、無駄な治療で収入を得ている医師だけでしょう。
早い死というのは、患者を見捨てることでありません。苦しむ時間を短くする
という意味です。病気や老いと闘いながら、精いっぱい生きてきた人も、死が
近づくとどうしても衰弱します。食事や排泄などが自力でできなくなり、これ
以上生きることの意味が見出せなくなってしまいます。それを理想主義的な
励ましで無理にがんばらせたり、延命治療で長引かせるのは残酷なことです。
死は自然の成行きですから、どこまでも抵抗するのは不毛です。極論かも
しれませんが、死が避けられない状態になってから、少しでも長くとあがくのは、
手遅れだと私は思います。そうなる前に時間は十分あったはずです。・・・ 》
▼「終末期医療費が全老人医療費の2割を占める!とか、国民一人が一生に
 使う医療費の半分が、死の直前の二ヶ月に使われる!」という報告がある。
だから、医療側からすると、可能な限り生かしておいて方が良いことになる。
生かしておいて拷問の苦しみを与え、その治療費を膨大に絞るとる末恐ろしい
現実が、そこにある。末期ガンは、どのみち助からない。だったら死をサポート
する医療があるべきである。これでは入院前に、青酸カリか、致死量の睡眠薬を
準備をしておくべきと、考えてしまう。そう簡単には、死ねないのである。 
良くも悪しくも死ぬまでは生きている。死ぬのは挫折でも、何でもない。
目出度いことなに、何で延命をするか、それが利益のためなら、
犯罪的システムではないか。
・・・・・・
5850,物語で経験する「生老病死」
2017年03月22日(水)
       <老いの風景 ー物語で経験する「生老病死」〜石光勝(著) >
  * 経験の4つの形と、物語化
 経験の意味を、ここで理解しやすく紹介している。 〜P/18
≪ 本屋大賞や吉川英治文学新人賞などを受賞した冲方丁が『天地明察』で、
 「人間は経験したことがないものを、理解できない」としてうえで、経験には
4つの形があると言います。
 【人間は、視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の5感で直接的経験をする。
 生きていくうえで、それだけに足りず、他者の経験による間接的経験に
依存する。しかし、誰にも実証は不可能な神話的、宇宙的な経験をする。
こういた3つの経験をもとに万人に伝える形にするのが第四の経験、いわゆる
物語です。物語は架空にあるにかかわらず、時には社会を動かすような力を
発揮します。】
 つまり、物語を読むことが‘経験’になるというのです。
言われてみれば、私たちは『三国志』で、中国の後漢時代を、『戦争と平和』で
帝政ロシア時代を、『竜馬がゆく』で日本の幕末期を経験した。それは世界史や
日本史の資料や知識では決して得られなかったはずです。
 批評の神様の小林秀雄の同じようか言葉に出逢いました。
「経験という言葉は西洋の言葉だが、誰も合理的な経験なんてしません。
ナマの経験の意味というのは、各自みんな自覚しえないものです。みんな、
自分の経験に対しては支離滅裂なことしかわからない。そこで創作という形式が
必要になる」というのです。これを逆に捉えると、創作という形式の物語によって
初めて、合理的な‘経験’が得られるということでしょう。≫
――
▼ 16年続けてきた、このテーマ日記は、毎日の読書や体験をテーマを元に、
 物語化の創作をしていることになる。事業人生45年をテーマに、50回以上に
わたって書いたのも支離滅裂で行き当たりばったりの転職、転業を、尤もらしく
文章化をすることで、合理的経験として修練したに過ぎない。人生など、所詮、
その程度のことでしかない。それぞれの人にとっての物語化の方法がある。

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03月22日(日)
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