ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6542,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −2
そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。床の間は室町
時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された
建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための部屋とされる。床の間は書院の
中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は
部屋の中でもっとも上等な場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置
されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が
上座にあたるという昔の慣習の名残である。もともとは仏を祀る場所であった
床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、また
すぐれた僧侶の筆跡や経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる
場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならない。仏壇の横には床の間があるのは、
そこに仏様が座るためと、今になって気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、
これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。 天体観測の進歩で、星が
遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算
した結果、137億年前にラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、
現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の
4・4%しかないことがわかった。それでは何か? 実は23%の暗黒物質と、
約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が
希薄化している筈だが、それが同じということは、他の宇宙から、
そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の
他に、10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般
でいう宇宙は、どこから設定するというのか。1967年の『宇宙条約』でも
明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない
90〜110キロ辺りとか、議論がされている。アメリカは、その辺に対して
消極的に。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。
・・・・・・
5811,下降感覚の仏教と、上昇感覚の仏教
2017年02月11日(土)
               ー生きる事はおもしろいー五木寛之著
   * 下降感覚に身をまかせ
 上昇感覚が最も現れ出ているのが日蓮宗の法華経。太鼓を叩いて、
「何妙法連華経」と連呼すれば元気が出てくる。40歳後半から年々、老いを
 感じきたが、これだけは自然の摂理、従うしかない。 その時に、上昇か、
 下降感覚のどちらが、その人の理にあっているか… 
 日本に、浄土宗、浄土真宗が多いのは、四季の差がハッキリしている気候に
 合わせ生きるしかない自然条件の摂理のため。下り坂最高と諦念しても、
 凡夫の自分を慈しみながら最期は消える運命。 〜その辺りから(p115)
≪ 仏教思想の中にも上昇感覚と下降感覚との二つの対照的な傾向がある。 
・上昇感覚の仏教とは
  悟りを求める仏教がある。
  即身成仏をめざす仏教がある。
  立正安国をとなえる仏教がある。
  天地自然との合一を願う仏教がある。
  六道輪廻からの離脱をうたう仏教がある。
 それぞれに修行をつづけ、人格の向上と真理への飛躍をめざす仏教だ。
 これらの正統的仏教は、いわば上昇感覚の世界だろう。みずからを
 高めていく仏教だからである。
・これに対して、下降感覚によって成り立つ仏教をあげれば、浄土宗、
 浄土真宗だろう。浄土宗は、法然を宗祖とする。浄土真宗は、親鸞である。
 この両者は、ともに念仏による救いをめざす仏教だ。その前提が末世である
 前提だ。…(略) 最低、最悪の時代が「いま」である、という自覚は、
 まさに下降感覚そのものでないか。…(略) 

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02月11日(月)
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