ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6506,閑話小題 〜世界のドキュメンタリー「シュガーベイビー」
違うのです。だから普遍的ニーズを満たすために現物支給をすべしと言っている
のです。』 スペインやギリシャで生活困窮者への食事提供をTVで放映していた。
 誰もが下流介護難民の可能性がある。死んでしまえば、それも解消される?
「長生きをしたくもあり、したくないもあり…」生きている故に言えることだが!
  〜で、以下に続く
・・・・・・
5044,生と死をめぐる断想  ー1
2015年01月05日(月)
    『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
 * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世
   ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー
 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、
3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく
なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する
知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が
増えている。 ー まずは序文の冒頭からー
≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。
 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。
詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。
 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。
この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。
色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、
 色は色(しき)空  空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 
色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という
ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と
教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。
時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。
それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では
「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と
聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。
「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている
ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を
表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての
教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。
團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと
吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、
骨髄移植をしていた。・・・≫
▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて
 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、
とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世!
 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 
・・・・・・
5409,新年に ー「過去」は過ぎ去らることはない
2016年01月05日(火)
   *「過去」はわたしを忘れない  〜『貧乏の神様』柳美里著
 芥川賞作家の柳美里の『貧乏の神様』の中にあった言葉。
現役時代の「森の生活」の時節は、過去は遠い彼方のように思っていたが、
還暦を過ぎる「サバンナの生活」に移行したころから、以下のように
過去への心象風景がチョイと変わってきた。 〜その一節より
≪ ・・「過去」とは、過ぎ去った時間や事柄を示す言葉ですが、
 わたしは、「過去」は決して過ぎ去らない、と思うのです。
自分が2つの足を置いているその場所に、過去は地層のように堆積し、
精神が地震に遭ったように揺らぐと、足元に亀裂が走り、地層(過去)
が露出する――  放浪の最中に、わたしは何度も過去に待ち伏せされ、
過去の落とし穴に足をとられそうになりました。
 わたしが過去を忘れても、過去はわたしを決して忘れない。
過去が更新されて「今」になるのではなく、過去は過去のまま

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01月05日(土)
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