ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6339,閑話小題 〜 いま、思いついた新作小話
これからは、自分の人生を、どのように受け止めるかが人生の問題になってくる。
受け止め方を変えることは、行蔵の中の要素を仕分け直すことになる。それで、
これからの人生の方向を変える。そのために記憶さえ変えるのが人間の業。
それは行蔵の要素をどのように解釈するかになる。そこでも知識の絶対量が必要
になる。分別ない人間の身勝手な解釈では、ますます歪になろうというもの。
「運」があるか、ないかは、「運は自ら運ぶこと」と解釈すれば、運そのものが
意志の問題になる。運がない人は意志が弱いと解釈出来るというもの。
「人生に起こったことは無駄のものなし」と、信じていれば、最悪のことも結果
としてプラス材料になる。 そうこう考えると無知は、それだけで罪の原因になる。
知らなかっただけで、どれほど多くの失敗を重ねてきたことか。人類も私もである。
初めから自分のミッションを明文化しておけば、それが信念になり、途中経過の
失敗も成功も、受け止め方がハッキリしているので、ブレが小さく済む。
おい方一つで、荷物も軽くなると、同じ。これからの日本は坂を転げ落ちるよう
に衰退する。そこで何が必要か? 教育制度の再構築と、憲法改正。
――――
2007/02/11
2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間
「藤沢周平に学ぶ」月刊『望星』・編 −読書日記ー
ー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』ー
山田洋次監督の映画は「男はつらいよ」の48本すべてと、
その他の映画の最近のものは殆ど観ている。彼が「男はつらいよ」
についてのTV特集などで渥美清を語る座談で、多く聞いてきた。
しかし、どういうわけか彼が書いた文章は殆んど読んだことはなかった。
ところが藤沢周平についての評論を24人集めた「藤沢周平に学ぶ」の冒頭の
「藤沢作品を映画化して想うー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』」
の評論があった。彼は幾つか藤沢の映画を撮っているだけあって、心打つ
内容である。人生で誰もがキラキラ輝いていたのである。 そのとき!
〜まずは、彼の文章の一節から・・
*幸福とはキラキラと輝く瞬間を持つこと!
「隠し剣、鬼の爪」で、主人公の侍が行儀見習いで女中奉公に来ていた
娘にプロポーズするシーンで、その瞬間、彼女はキラキラと輝くような、
生きていてよかったという幸福感で胸が一杯だったはずです。
僕は、幸福とはキラキラ輝く瞬間を持つことだと思う。人生のうちには、
そんなふうに何度かそういう瞬間がある。あるいはあってほしい。
心の芯から温かいものがフワ~と湧き出るような、そういう短い時間が
誰もが持っている。映画「たそがれ清兵衛」でいえば、父親が幼い子どもを
「高い高い」しながら抱き上げる瞬間、子どもの側からすれば、高々と
持ち上げられて、急に視界が高くなったときの嬉しさ、ああ、いま父親に
高く抱き上げられているのだ、という充足感。子どもはその後、大人に
なるにつれて、人と争ったり、世渡りで苦労したりするが、あの瞬間の
充足感は一生忘れない。幸福ということは、つまりそういうことなのでは
ないかと思います。
(感想)
ー私自身、キラキラと輝く時間は数数え切れないほど多かった。
本当にこれで良いのか?と思うほど多かったといえるのが幸せである。
求めたからだろう。ギラギラでなく、キラキラというのが幸せである。
ギラギラは、心に欲とか不純なものが蓄積している状態で、後には不快が残る?
やはり、幸せは両親の愛情をタップリ注がれた基盤が必要条件になる。
二人の愛の結晶が子供である。 愛は二人で維持していかないと・・・
*感動体験が「良識」をもたらす
いまの30歳代くらいまでの若い人の特徴は、子ども時代の体験が
あまりに貧しいということではないでしょうか。 団塊の世代までは、
野原や川原で大勢の友達と遊ぶ楽しさを知っています。
汗だらけになって遊び呆けて、日暮れどき、仲間とアバヨと別れ、家路に
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07月22日(日)
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