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堀井On-Line
by horii86
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■4560・横尾 忠則の老人論 ー3
 その表象体系に影響を受けているのです。 言語を世界に適用することを、いわばみずから独立自存する物体にラベルをつけることだと
 想定するのは間違いです。私の考えでは、世界は私たちが分類するとおりに分類されるのであり、事物を分類する主な方法は言語に
 よるものなのです。 現実の把握は、言語的なカテゴリーしだいなのです。≫
  この考え方はいまなお、哲学者ばかりか、文学や言語学をはじめとする他分野の専門家たちによって、さらには、一部の社会学者や
 人類学者たちによって唱えられている。「何を物体とみなすかは、もともと私たちの表象体系の一機能の結果であり、経験のなかから
 世界をどう知覚するかは、その表象体系に影響を受けている」という点については、私もサールに賛成したいし、誰もが同意しなくては
 ならないだろうが、私としてはこれをカント哲学的な意昧に解釈したいと思う。 ただし、その表象体系に含まれるカテゴリーが
 基本的に、もしくは第一に言語という性質をもつとする点は認められない。考え方としてはわかる。 わからないのは、そしてこれまで
 一度として理解できたためしがないのは、どうしてそんな考えを抱けるのかということだ。というのも、それは私の直接の経験によって
 真っ向から否定されるように感じるからである(この点に関して私が特殊であるとは思えない)。】
 ▼ 事業が、この結果(倒産)で終わった。総括は頭を冷やした来年早々にするつもりだが、それが、この30年の構成の提示になる。
  創業10年、中間期10年、最後の10年、そして最後に、どのような終わり方をしたか?、その時の断面は、どうだったか。
  それを、どういう切口で分類し、評価するかである。 30年、人生の事業生活の大部分を注ぎ込んだ、この結果は? 
   要は、倒産で終わったということ。その視点を失うと、総括は不可能になる。 炎上している世界経済と、ネット社会の
  移行の中で日常が音を立てて変化している。その中で、言語的分類の枠組みを立て直すことが、まず求められる。
  「3つの震災が何もかも飲み込んだように見えるが、実は情報化の潮流に飲み込まれたのが真の理由だったのか?」これも言語的分類。
   分類は分析の第一歩。そのプロセスが総括。そこで価値(意味)を自ら下げることもない。今までの価値観のコペルニクス的転換の時。
  ここの小テーマが「現実と経験と言語は一緒ではない」である。 当然、この小テーマが問題になる。「言語は、それを構成する」だけ。
  消滅してしまった事業の総括。ただ、それだけだが・・あと講釈でしかない、だから冷静に見つめないと。意思決定から45年である。
・・・・・・・
3455, 渥美俊一氏死去
 2010年09月10日(金)
 ペガサスクラブの主催者で、日本リテイリングセンターの渥美俊一氏が亡くなった。チャーンストア時代の大きな転換期の目安になる。
そこには、桜井たえ子という渥美先生の片腕の女史がいるが、彼女がペガサスを支えることができるかどうか?  昭和30年半ば、
大手スーパーや専門チェーンの創業経営者のほとんどが渥美先生の元に終結、成長・拡大し、そして消えていった。現在でも流通界における
カリスマ的指導者で、亡くなる直前まで講義を続けていた。氏が主宰していた「ペガサスクラブ」の指導は厳しいのは衆知のこと。
日本の高度成長を流通面から支えた貢献は多大である。 バブル崩壊後は、ダイエー・マイカル・西武流通グループの倒産が象徴するように、
チェーンストア理論が必ずしも有効に機能しない側面が表面化し、これまでの勢い失っていった。最近ではユニクロのように、ペガサスに
創業当初から属さない成長チェーンも出現してきている。 学生時代、大学の近くの書店で月刊誌の「販売革新」を手に取り、渥美俊一が
「ペガサスクラブ」を立ち上げ、ダイエー、ヨーカ堂などのチェーン店のコンサルタントをしていることを知った。
そして、「チェーンストアへの道」という10巻シリーズのチェーンストアつくりの戦略、手法が書かれている理論を貪り読んだ。

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09月10日(火)
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