ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[393778hit]
■4470, 最悪の結果に隠された、お宝は?
2010年06月12日(土)
『「世逃げ」のすすめ 』ひろさちや著
ー概要といえばー
世間はおかしな物差しで人の価値を計ります。その「狂った」世間の物差しを捨てられないならば、世間から逃げるしかない。
世逃げとは、どこか別のところに逃げるのではなく、精神的に逃げることです。 禅の洞山の無寒暑を思い浮かべればいい。
目盛りがないのだから測れません。だから、測れない物差しが仏の物差しです。 測れないのではなくて、測らないのです。
仏の物差しは、物を測らない物差しなんです。 仏様は苦しみの世と言われました。その苦とは、思い通りにならないことです。
世逃げとは、思い通りにならないことを、思い通りにしようとしないことです。つまり、あきらめの思想でもあります。
このあきらめとは、努力をするなということではなく、無駄な努力をするなということです。
無駄な努力とは、思い通りにならないものを思い通りにしようとすることです。仏教は「出世間の教え」。煩悩にまみれた
俗世間を厭い離れることが、仏教の姿勢である。ならー「世逃げ」しなさいーと!「世逃げ」とは、世間の物指しの他に、
神の、仏の物指し(目盛りのない物指し)を持ちなさい、ということである。
▼ 以上が概要だが・・ 二年前に、この本の中の「ある一文」を紹介したことがあったが・・ ひろさちや、といえば仏教的視線で、
世間から一歩も二歩も超越しなさいという論だろうと、思っていたが、「『狂い』のすすめ」の続編の内容である。
学生時代に社会学を専攻、人事管理のゼミ入って、人間の管理という生々しい問題を冷静に捉えて、客観的?に見つめる「訓練の場」の
ゼミの真っ只中に入った。そこでは哲学的にいえば、現象世界(感性、悟性)を、思考、訓練で理性に昇華する訓練の場。
教授は分かっていたのだろうが、その先は、それぞれ選択した社会分野で目指す世界を自分で創造しなさい、それが「自由世界」だった。
教養とは一枚一枚、束縛された固定観念を脱ぎ捨てることと思い知らされた。 とはいえ自由は甘くはない。 サルトルがいう
「自由という牢獄」での独りの闘いを必要とする。 ここでは、仏教だけでなく哲学的思考も隠されている。
狂い、失敗の繰り返しを40年以上やってきて? その結果、アウトサイダー、珍獣として冷笑されている。
しかし、その経験と哲学や宗教を学び続けてなかったら、とっくの昔に胡散臭い常識人になっていた。
ここで「世間は人間を商品価値で測っている」というが、世間とは、そういうもの。少し考えてみれば商品価値だけが人間の価値でない。
女性の容貌が衰えようとも、エリートコースを歩んだ人が失墜しようが、エリートコースの肩書きや職業がすべてではない。
それとは別の変わらない価値がある。その変わらない価値を、初めから人生に求めなさい!ということ。結局それは、社会的なものとは
無関係な自分の好きな世界を構築しておくことだ。フワフワした名声など、所詮は瞬時の現象。 しかし、それでは自分は商品価値で人を
判断していたのでは?というと、ない!といったら嘘になる。品性、教養、無心の人の傾向の強い人を認めてきたつもりだったが。
振り返ると、そうでもなさそうだ。商品価値の高い人ほど、それにともない、無価値の価値を身に付けている人が多いのも事実。
いや、その数倍も逆のがいるか? あれ等をみると!その、あれ等の一面しか見てないのだろうが。
商品価値ね〜 モーツアルトも、ダビンチも、あの才能より、隣の善良な人が? 良いとでも言うのか?
・・・・・・・
2990、1ドルを競りにかけると
2009年06月12日(金)
「世界は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ著 ー読書日記
* 一ドル競りゲームから見えてくること
ゲームで、「1ドルの競りゲーム」がある。 小人数のパーティの余興に面白いというが、そのゲームの中に、深い示唆が含まれている。
もちろん、三人以上が参加するようにしておいて、1人に50セントまで値段がつくまで買いにまわってもらえばなお良い。このゲームでは、
[5]続きを読む
06月12日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る