ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394060hit]
■4282, 閑話小題 ー人生、面白くなければ
幕末当時、日本には1万5千の寺子屋があり、武士は100%、庶民男子50%、女子20%、江戸市中で70%の識字率で、当時の
ロンドンの識字率30%などを断然凌駕し、何百年も世界一を続けていた事を申し上げておきたい。彼のたどり着いた疑問は二つ。
《 一つは深奥なる体系的な宗教が存在しないこと。
もう一つは、「ここでは君主が全てであり、労働階級は無である。にもかかわらず、この国には平和、行き渡った満足感、
豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもましてよく耕された土地がある 》という到達点であった。
シュリーマンの旅行記が今密かなブームを呼んでいるという。 失いつつある懐かしい日本の原風景に触れることができる
からであろうか。 最後に本書の訳は素晴らしい。気品と気骨に満ちた石井和子さんという老婦人の訳である。
たまたま旧知の関係だったご子息にお聞きしたところ、数年前ご逝去されたとのこと。
お会いできなかったのは誠に残念である。 以上 【文芸春秋 誌7月号 但木敬一著】
〜〜
戦国時代、そして幕末・明治初期に日本を訪問した外国人の旅行者の報告書は、この旅行記とほぼ同じである。
日本人が清潔で、礼儀正しく、親切で、勇気と正義感を持ちっており、教育熱心で識字率が高く、日常の生活用具や
工芸品などの技術水準が高い。 また武士の倫理観の高さである。 日本人は中世の頃から誇り高く、質実剛健で、
教養が高く、公平な社会を築いていた。 しかし、戦後60数年のアメリカ占領教育で、それらが多く失われてしまった。
NHKが「天地人」や、「坂之上の雲」などを放送するのも、あるべき日本人像に立ち返るべき時と、言いたいからである。
・・・・・・・・
2802, イングランド・ツアー
2008年12月06日(土)
*集団スリに狙われて
観光地には、必ずといってよいほどスリがいる。何度か危ない場面はあったが、隙さえ見せなければ大丈夫と思っていた。
南イングランド・コッツウォルズのブロードウェーの自由散策時間も終えて、バスの待っている駐車場に行ったところ、
添乗員が少し時間があるのでトイレに行ってきてくださいとのこと。200メートル先のトイレに一人で向かったところ、
誰も居ないトイレの前に30歳過ぎの男達が三人、私を見ている。大きな駐車場に我われのバスが一台。
(字数制限のためカット 2010年12月6日)
・・・・・・・・・
2007年12月06日(木)
2437, ファッションを哲学する ヾ(≧∇≦*)ゝおはよんよん♪
哲学者の鷲田精一の「ファッション」論が面白い。人は、とりわけ女性はファッションに多くの金をつぎ込むが、
その割りには「ファッションとは何か?」を哲学者も社会学者も取りあげない。鷲田は哲学仲間から呆れられながら考察する。
言葉と衣服は似ているのである。ファション衣服は何ぞや?を、考える前に衣料とは何ぞや?を取上げる。
「なぜ服を着るのか」「なぜその服でなければならないのか」を考え、ファッションを通じて、「私」や
「私の身体」について考察する。「ファッションはいつも愉しいが、ときどき、それが涙に見えることがある。」
という彼の言葉は痛烈である。 更に、そもそも人は何のために服で体を隠すのか?
隠すべきものの実体は?等々、身体論を含めてわかりやすく説いている。
−−−
ー彼の論を簡潔にまとめるとー
・まず人は「らしい服をまとって人は『だれか』になる」という。警官は警官の制服、そして兵隊は軍服、
そして消防士は消防服をきて、制服の中味になっていく。 社会的なコードとして一番わかりやすい。
・ファッションは社会の生きた皮膚として端的な表現をする。 流行の服を着るということは、過去を捨て、未来のことも考慮に入れず、
まさに現在だけを考えるということ。 流行の服を追う事というのは、今を生きるということでもあるし、刹那的でもある。
・身近で加速するハイブリッド現象と捉えることができる。
Tシャツであれ、ジーンズであり、衣服は国境や、民族文化の境界をやすやすと越えて浸透していく。
[5]続きを読む
12月06日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る