ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4154, 中小企業の延命は、すでに限界 
《 針のような鋭い毛を全身に生やしたハリネズミが二匹,巣穴の底で震えている。外は吹雪で巣穴の中は寒い。
 そこでハリネズミは,寄り添い暖めあおうとするが、互いの針で相手を傷つけあうことになる。痛さで体を離すが
 今度は寒くてたまらない。一晩中くっついたり離れたりを繰り返した結果、そこまで痛くも無く相手のぬくもりを
 感じられるような距離を見つけて夜の寒さをしのいだ。》
▼ 若い時に、ある距離を越えて友人が近づいてくると、全身から針が出て相手を拒否する自分に驚いたことがある。 
 それでいて、逆に孤独感から知らない間に相手に近づき過ぎて相手の針を感じたこともある。8人きょうだいの末っ子で、
 家が商売をしていたこともあり、それぞれの独立性は幼稚園時代ら訓練されていた。私の家庭では付かず離れず、
 自分のプライバシーは披瀝しないことが、まず要求された。 だからハリネズミの逸話が痛いというほど分かる。
 大人数の家族では、むしろハリネズミであることが、自然態なのである。 大家族は、それだけで空気が暖かくなっている。
 だから人混みの中の孤独には慣れている。他者と関わる時に(友人関係、親子、夫婦、会社などの人間関係)自我が露出してしまい、
 一人よがりになりがちになる。  成田離婚は、ハリネズミのジレンマの典型事由である。 
 また孤独の大切さを実感しながら、それぞれが寄り添う都会の群衆の群れの生き方がハリネズミのジレンマになる。
  ハリネズミ同士ならよいが、一方がネズミなら、ただ傷をつけるだけになる。 独居老人のジレンマでもある。
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2684, 己の地平の地を耕す
 2008年08月10日(日)
知人が二人、最近になって(10年前から)素人菜園に凝っている。たまたま事務所で二人が出会ったとき、嬉々として話が弾んだ。
何か奥深く面白いらしいが、私には向いていないようだ。 下地に10年はかかるらしい。『心身にとって、これほど良いことは無い』と
二人は口をそろえて言う。それを聞いていて畑での一連作業が何か自分の心を耕しているに感じた。人生は畑を耕すのに似ている。
長い人生の道のりも計画通りに楽しみ生きるより、苦しみ努力をして歩むことが多いもの。スキップだけでは面白く可笑しくもない。
たどたどしく泥まみれが人生である。 イソップの寓話に、面白いのがある。
 《 葡萄畑を持っている家族がありました。あるとき父が病に倒れた。病床の中で父はニ人の息子に言いました。
 「実はおまえたちに財産を遺してある。金貨を壷の中に入れて、葡萄畑に埋めておいたのだ。
  私が死んだら、その壷を掘り起こして二人で分けなさい」。父が死んだ後、二人の息子は葡萄畑を一坐懸命に掘り起こした。
  しかし壷はとうとう出てこなかった。 二人は落胆しました。ところがその翌年、何と葡萄がこれまでになく見事に実った。
  畑の土を掘り起こしたことで葡萄がたくさん採れるようになり、こ人の息子はとても裕福になりました。》
 父の遺言は、息子に努力を教えるためのウソ。自分に与えられた人生の畑を懸命に耕してみること。そこには必ず金貨以上の幸福があるはず。
イソップの、こういう寓話を幾つか遺しているが、下手な人生論より良い。(そういえば本屋で、そんな題名の本があった。
今度借りて読んでみようか)「ところで御前さん、人生の畑を耕したの?それも真剣に?」と問われれば「う〜ん、耕してきました!これでも」 
そして、「上を見れば限がない、横を見れば情けない、下を見れば底がない!」と言うところか。
このように毎日、随想日記を書き続けるのも、ある意味で、畑を耕しているようなもの。
テーマ一つずつが、畑の一部分を掘り返しているようである。しかしね〜、それで、この様だから・・・・
畑の土は、雑草や動物が腐って積み重なって出来ている。 「人生を耕せなど、何をぬかす、御前さん! 
土が既に決まっているのだろうが。」という心の奥の声が聞こえてくる。
「いや、違う。その土を見分けて肥料を自分で探して、時間をかけて自分の野菜を作るのが耕すことだろうが・・」

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08月10日(金)
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