ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3766, ユング ー9
というから、一応、その成果は少しはあった???ようだ。 考え、問いかけ、答えを自分で得る方向に努力する素養である。
以下は、哲学講義書「考える快楽ーグレイリング先生の哲学講義」の《読書》についての中の一節である。
ーP251
《読書》*一冊の本を読むことから、いったい何度、人は新たな人生を歩みはじめたことだろう・・・読者は多少経験をつめば、
読書を通じて、歴史、喜劇、悲劇といった多様な人間の経験を、あたかも飛翔するワシのように俯瞰することができる、偉大な国へと
進むようになる。 そして、読書に意識を集中できるようになれば、差しだされた豊潤な世界から多くを得ることができるのだ。
読書の鍵は、集中という言葉にある。 どんな教育であれ、後世に遺すことができる最善のものは、熟考と疑問をもつ習慣だ。
読書は受け身の行為になりうるし、一時の気晴らしに過ぎない娯楽になる場合もある。たしかに多くの本は、読者がそれ以上の
ものを必要としないくらいにたっぷりと技巧をこらして書かれているし、べつにそのことが悪いわけではない。
しかし、それ以上のものを求めようとすれば、読書は受け身ではなく、能動的な行動にならねばならない。
よい本をよい本たらしめているものを定義する、とはむずかしい。ひとくちによい本といっても、さまざまな種類があるからだが、
その大半に共通するのは、読者に考えさせ、感じさせ・元気づけ・当惑させ、その結果、本を読んだあとは世界がすこしちがって見える
という点だ。端的にいえば、そうした本は積極的な読書活動へと人を誘う。 数冊の本から得られるのは、読書を通して生まれる自分の
思考以外にはほとんどない。 そして偉大な書物には多くの思考をうながす余地があるものだ」と、ジョゼフ・ジュベールは言っている。
読書をしたからといって、自動的に前より賢くなったり、よい人間になったりするわけではない。読書に効果があるとすれば、
それは、印刷されたページに反応し、そこから素材を切りだすという仕事を、読者が自分でやりとげたからだ。
しかし、人生の最高の家庭教師である実体験をべつにすれば、素材を切りだせる鉱床として、読書に比肩できるものはほとんどない。
その結果、読書は自己理解をうながすだけでなく、他人にとっては大きな関心事だが自分にはない欲求や関心、欲望にたいする
洞察力を身につけ、やがて他人の関心を理解し、寛容になり、ときには共感できるようになる。
こうして他人とどう接するかを決定する際に必要となる知識の量を増やしていくことは市民共同体と人類の兄弟愛の基盤にもなる。
ーーー
そういえば、読書は旅に似ている。心は全く知らない世界に鳥のように飛び込んでいけるし、違う時間の流れに置くことも可能である。
・・・・・・・・・
2007年07月18日(水)
2297, また地震!どうなってる?まったく! ー2 ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…ヨウ!
今月中は、何処に行っても地震の話で持ちきりだろう。前回の災害時から推測すれば大たいこうだ。
「その時、私は〇〇(TVを見ていた)という状態で、ビックリして〇〇をした。まさかね~、もう絶対無いと思っていたのに、
何で、この地域だけ起こるんだろうか。それでTVを見たところ柏崎沖が震源で、原発の火災に驚いてしまった。
で、〇〇さんのところに電話をしたが、大丈夫というので、ともかく家の中に散らばったもの後片付けをして、
落ち着いたところで外に出てみた・・・」これを近所とか、友人に面白おかしくオウム返しに話す。それしかないが・・・
考えてみたら、私のHPにも、ほぼ同じことが書いてある。県外からのお見舞いの何本かの電話には、この要約を話している。
前回の中越地震と全く同じパターンである。TVを見れば能登半島の地震と同じ質問と答えが繰り返される。
見るほうからすれば、またか!ぐらいだろう。 と言って、やはり見舞いの電話は嬉しいものである。
日本は世界に冠たる地震の国、その中で特に新潟最北から神戸にかけてのライン上が、更に危ないということが、
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07月18日(月)
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