ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394748hit]
■3720,ジャズについて −12
重体の患者がいて、下血が止まらないとする。 輸血(新規国債発行)を行いながら、下血を止めようとしても、
下血の勢いが強いと体内の血液量がどんどん減っていく。このまま行けば、ほどなく臨終を迎えることになる。
「字数制限のためカット2011年6月2日」
・・・・・・・・
2616, サルトルを考えてみる ー3
2008年06月02日(月)
ーまずは、あるサルトル入門書に書いてあった、
サルトル批判と人気衰退の理由の箇所を抜粋してみよう。
*サルトルへの批判と、忘却の原因とは
サルトルの影響力は、サルトルの死後急速に低下したが、それは「構造主葉」という新しい思想が現れたことが大きい。
構造主義は、スイスの言語学者ソシュールの言語学と文化人類学などが結びつき、1960年代に作られた新しい思想である。
レヴィ・ストロース、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、アルチュセールらがその代表者とされた。
構造主義は、モノではなく関係を重視するところに特徴がある。またこの思想は、主体(私)としての人間に、たとえば言語のような、
関係の網の目としての構造が先立っている、と考える。構造主義は、西欧近代哲学全体を、主体としての人間を中心とする人間主義
(ヒュー・マニズム)として批判した。またそれは、人間を作るのは歴史ではなく構造だとして、マルクス主義に代表される
進歩的歴史主義を批判した。サルトルの思想は、実存における選択を強調する点で「主体主義」「ヒューマニズム」の哲学とみなされ、
またマルクス主義を評価していた点で「歴史主義」の哲学ともみなされた。
要するに、サルトルは、それまでの古い西欧哲学の代表としてやり玉にあげられたわけである。
構造主義の後には、ジャツク・デリダやジル・ドゥルーズらの「ポスト構造主義」が話題となったが、サルトルはしだいに批判される
というよりも忘れ去られるようになっていった。デカルトやヘーゲルの哲学は西欧近代哲学を代表するものであり、批判されながらも
古典として今も読まれ続けている。ところが、サルトル哲学は、古典にもなりえない二流のものとされてしまい、ほとんと読む人が
いなくなってしまった。サルトルは、もう時代遅れの思想家なのだろうか、そして本当にサルトルを乗り越えたのだろうか、
この二つが、サルトルを見直した後の疑問である。 サルトルは「偽の知識人」を徹底的に批判した。
「偽の知識人」は普遍性の番人を自称し、高みから大衆を導く気になっているが、個別的などの戦争を停止させようとせずに
ただ一般的な平和の望む、などという。 彼らは植民地の人たちを人間以下のものとして排除することで成り立っている。
こういう知識人の問題は、我々の問題である。 閉じた場所の外へ、世界へ関係するとき私たちは真の知識人になるのである。
ーー
以上だが、この批判を読むと、サルトルは時代遅れの鼻持ちならないフランス人と切り捨てられるのも解る。
人間を作るのは歴史ではなく構造だと主張し、西欧近代主義=白人中心主義自体ということを看破したした構造主義の土台に
なったことも見逃すことはできない。 現フランス大統領サルコジが、サルトルのマイナスの現象とみることも出来る。
30数年ぶりに、サルトル入門書を数冊読んでみたが、現代にも十分通じるところがある。
果たして、サルトルを現代社会は乗り越えたのであろうか? NO!であることだけは事実のようだ。
構造主義と、ポスト構造主義について、今度取り上げてみたい。
・・・・・・・
2007年06月02日(土)
2251, ビョーキな人々探訪記 ー1 才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪
ー読書日記ー
「変? ビョーキな人々探訪記」 著者・中村うさぎ・扶桑社
またまた「中村うさぎ」である。買い物依存症の中村が、他の依存症の人と語る、際どい話である。
(字数の関係でカット09年06月02日)
・・・・・・・・
2006年06月02日(金)
1886, 友、遠方より来るー2
(。・ω・)ノ☆゜+.オハヨゥゥゥ
[5]続きを読む
06月02日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る