ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3648, 地震 ―つれづれに  ー9
「地下鉄はあそこですよ。でも、その前にコーヒーでも飲みませんか」田舎の雌牛たちになれ親しんできた娘にとって、
都会のざわめきはいらつきを覚えます。カフェの中で初めて出会った男に自分の行く先を説明するのでした。
彼は驚いて 「へえ。君の行く先って、あの夫人のとこ,.」「あなたはその方のこと、ご存じなの?」
と、娘はさほど驚きもせずに尋ねます。「もちろん、彼女を知らない人なんかいないよ。
パリにはああいった女性主人というのは多いよ.こう言っては何だけど、とても意地悪な女だよ」と、
ジュロは大声で笑いながら、そして、しばらくこの娘に考える時間を与えてから、保護者気取りで言うのです。
「お嬢さん、気をつけてな。マダムは頑固だけじゃなくって、金払いも悪いからな…」「ええ、じゃあ……」と、
娘は呆然とつぶやきます。実際、娘にとっての第一日は不運に始まりました。この見えない罠に満ちた大都会に、
彼女はおじけついてしまったのでした。ジェロは、そんな娘の動揺を見すかすように、やさしく言うのです。
「でも考えがあるんだ。僕の母親がお手伝いを探してるんだ。彼女ってとても素晴らしい女性なんだ。
   (字数制限のためカット 2011年3月22日)
.......
2007年03月22日(木)
2179, 親の仕送り       才八∋ウ  _〆(∀`●) 
 先日の新聞に「首都圏の私大に昨春入学した子供を持つ家庭の家計負担」の実態の記事があった。
私の息子二人が一年間だけだが、自宅外通学で関東の大学に在学した時期がある。
みるみるうちに貯金が目減りをしたのを記憶している。あれから10年になるが、当時は「一年間は仕方ないか!」
ぐらいしか考えてなかったが・・ 学費とアパート代と生活費など、年間400?500万はかかっていた。
少子化問題というが、現在の日本では多産なぞ出来るわけがない。 
 ーその内容を、まとめてみるとー
:平均借り入れ金額が170万円台に達し、自宅外通学者は207万円、過去最高になった。
:毎月の仕送りは初めて月額10万円を割り込んだ。6年続けて下がり続けており、
 家賃をひいた生活費は平均は3万9千円。
:自宅外通学者の初年度の負担が307万円。
:入学費用の銀行からの借入者が30・7?。207万円。自宅通学者で25?の世帯が借り入れをしていて、
 138万円という。自宅外と自宅の通学者平均174万円。
  ーーーーーー  
これからみても、厳しい実態が窺える。両親にしてみれば、胸突き八丁というところだろう。
苦労して育てても、結婚すれば嫁か娘婿に疎んじらる。これも順番であるから仕方ないが。40年前になるが、
昭和40年前半の頃、私の寮費は水道・ガス・電気代込みで4千円。学費は家から学校に直接振り込み。
家賃も大家に直接振り込まれ、生活費が郵便為替で1万5千円の送金。生活費と交通費と小遣いで、
手元には何も残らない程度であった。使いすぎて生活費に困ったことは一度もない。
家からは、父親が3ヶ月に一度位に、米と柿の種と、インスタントラーメンを送ってくれていた。
手元には常に子供の頃から貯めていた10万円の現金が部屋に隠し置いてあった。
(当時としては現在の70万円位か)今から考えてみると、一種のお守りみたいなものだった。
都会では誰も助けたり、優しくはしてくれない。最後はお金であると、かたく信じていた。
しかし、手をつけたことは一度もなかったが・・・卒業の一年前になって、急に父が寮に寄って、
寮の貧乏暮らしの実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。これで大學生活は急に華やな舞台に様変わりをした。
このとき、お金の有り難さをいやというほど知った。気持ちの上で、これだけリッチな気持ちになったのは人生で初めて。
少なくとも一年間は一挙に二倍の収入アップで、小さな段差の幸せを味わった。
まあ、恵まれていた!ということか。 人生を振り返り、恵まれていた!
と言い切れることこそ、豊かな人生ではないかと、学生時代の断片を振り返って実感できる。
この程度でだが! 解釈、解釈、考え方、受けとめ方!         ヽ(´π`)ノばあ?い
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2006年03月22日(水)

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