ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3630, 岐路に立つお寺
問題を更に拡大することになる。まあ、どうなることか?
 *そういえば、去年の昨日は、次男の結婚式だった!*
取り立てて話題にするほどでもないが、去年の昨日、次男の結婚式であった。結婚式は、ある意味でレジャー。
晴れの出来事として全員で盛り上げるイベントである。家というカタチが崩壊している現在に、この儀式は本人たちの
人生の服装の一部としてしか意味がなくなってしまった。それは当人にとって大きな区切りであり意味になる。
過去を振り返ってると、結婚式と、二人称、とりわけ両親などの身内の葬式と、卒業式は人生の一大儀式になる。
親の立場からみると、最終学校を卒業させることと、結婚式を挙げることが節目になる。
 *人生の節の作り方*
人生には節がある。その人によって各々違うが、大よそ7年か、10年サイクルになる。
その時、節をしっかり意識をして作ることが重要になる。その一番解りやすいのが、竹の節である。
そこでは圧縮された横ラインがある。竹がしなやかなのは、節があるからである。人生でも同じと言える。
それが人生を支えてくれるのである。時節到来の「節」で、アップスケール(脱皮)=変化の時である。
だから、ジックリと見据えて延長上ではない時間を作るべき時である。
その辺が、一般的には解ってないのである。それまでが横の時間(延長上の時間)なら、縦の時間とも言える。
 *ある友人の死から学んだこと*
去年、高校の同級生がリンパ系の末期癌になり、あと半年から一年という内々の話が入った。
過去のいきさつから、親友というほどでもなかったが、私の出来る見送りをしようと決心。
少しでも彼の心が休まる本を何気なく読んでもらうことと、クラシックのCDを毎月病室に持っていくことを決めた。
彼は入院から8ヶ月後に亡くなったが、彼の姿を見ていて多くのことを学んだ。 希望を持つこと、そして、それに対して
疑念を持たないで日々を明るく過ごすことである。それ以外に、何があろうか? ということである。
家族や周囲は疑念を持たせなかった分、気を使ったのだろう。それなら人生の普段の生活でも可能か、
死など死んだ後に考えれば良いと、毎日楽しみの計画を立てて鼻歌を歌っていれば良い。どっちみち誰もが死ぬのだから。
ただ、自分だけは生きている限り死なないのだから。死んでしまえば、それまでよ、でも少なくとも自分は死なないことは
間違いないのだから、気楽にしていれば良い。というわけで、毎日楽しく過ごしております!
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2007年03月04日(日)
2161, 昨日は息子の結婚式!      (~Q~;) おはよう?? ファ?、おはよう!♪?      
明治記念館で結婚式というので、そのHPを調べてみて格式の高さに驚いた。嫁さんが学生時代アルバイトをしていた因縁で、
二人でそこに決めた。明治神宮のエリアの中にあり、由緒ある広大な屋敷を結婚式場にしている。何と昨日一日だけで30組の
結婚式が入っていた。何処を見ても花嫁姿であるが、それを決して違和感を感じさせない雰囲気がある。
出席者が50数名だが、二人の気持ちが全員に伝わった盛り上がった式であった。「格式ばらない楽しい会」が、
二人の希望というベテラン司会者の紹介もあり、笑い声が初めから終わりまで溢れていた。
出席者全員に家内と日本酒を注いで回ったが、全員が笑顔で挨拶をしてくれた。明治憲法の草案を議論した歴史的な
「金鶏の間」で、披露宴が行われた。会場には「明治天皇が憲法の草案を議論している大きな絵」が掲げてあったが、
私の隣の席が明治天皇の座った場所で、そこで飲んだ酒は美味く気分がよい。会場の壁に多くの「金鶏」の絵が描いたあったが、
司会の説明によると、「多く金鶏が、一つとして同じ方向をみていない、違う方向をみている。
これは、それぞれが違う意見を持つという、『自由の精神』を意味している」という。明治初期に、そのコンセプトの壁紙の絵に
するセンスに驚かされた。最後の「花婿の父の挨拶」は、ハプニングのない内容のメモを読み上げるつもりだったが、
着替えをしているうちに、何処かに入れ忘れ行方不明。そこで内容を思い出してメモをしなおしたが、

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03月04日(金)
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