ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3452, ニューカレドニアの休暇 −2
確かに陽の力が街に与えられるような荘厳なものであった。人生の最期を家族と過ごす館「ムクティ・バワン」
に通い出してから二十日が経っていた。その間四人の人が亡くなられ、希望通りマニカルニカマトへと運ばれて行った。
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解)ベナレスも、現地のあの雰囲気を実際に味わってみないと、その意味は理解できないだろう。それだけの迫力と、
深さを感じ取ることはできる。あれだけ、あの地で死ぬことを欲していれば、死そのものの恐怖は逆に消滅してしまうだろう。
その意味では、宗教の力を直接的に感じる場所と言える
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2006年09月07日(木)
 1983, 閑話小題    Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
  ーウォーキングの道でー
先日の土曜日の9時過ぎに土手でウォーキングをしていると、小学校の運動場で運動会が開かれようとしていた。
開会式のようで、マイクの声が聞こえてきた。 ところが中学生の声で、「何々中学応援団団長何某!」その後に、
小学生の女の子の声で「何々小学校応援団長何某!」と、宣誓の最後に締めくくった。
今どき、中学校と小学校の合同の運動会か?と、思いつつ通り過ぎながら見ると小学生しかいない。
中学校の応援団が、運動会の高学年の応援指導をしていたのである。
学生服を着て、頭に長い鉢巻をした10人ぐらいの中学生が大声で、高学年の生徒の前で応援の手ふりをしていた。
何とも微笑ましいが、生徒のほうはピリピリしているのが伝わってきた。 運動会全体がしまっていたようだ。
 小さな集団に小1のグループがあった。幼稚園の集団と間違ってしまうほど、幼さが残っていた。
 ー紀子様、男子出産の意味ー
「朝生TV]のテーマではないが、紀子妃の男児出産で、次の次の天皇継承問題が更に複雑になってきた。
過去の女系天皇の場合、結婚をしてない女性が天皇になっていた。 
   (字数制限のためカット 2010年9月8日)       
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2005年09月07日(水)
 1618, 楽しく生きるー3
「楽しく生きる」にも、色いろある。「ドラックをやって、目先の快楽を追い求めて人生をボロボロにしてしまっても」と、
 いう意味で言っているのではない。目先の楽しみだけを求めると、長期的に問題がでる。何ごともバランスである。
  前回書いた「楽しく生きる」精神科医・高橋和巳著の一部をさらに書き写してみる。
 ー人生の「動」と「静」を楽しむー
私たちの生活のあらゆる動きを生み出しているのは「欲求」。それは無限のエネルギーを生み出したりして人生の全体を創造している。
欲求が生まれ、動き出し、目的を達成すると、一つのサイクルが終わり、動きは止まる。すると、次の欲求が生まれ、
新しいサイクルが始る、この繰り返しが生命活動である。その生命の欲求サイクルが始るところが心の奥底の透明な「意識」である。
ただ私がそこに「いる」だけの場所である。欲求は心の奥底の何もないところ、無から生まれる。
「欲求」は、生まれるとすぐに自分を実現しようと動き出すが、欲求を生み出した「意識」はその動きに巻き込まれることなく、
いつも欲求から離れている。この「欲求」と「意識」が私と私の人生を動かしている。意識は動かない「静」で、欲求は動きまわる「動」。
楽しく生きるということは、欲求を満たす過程を楽しむことである。そのためには、いつも「動」と「静」の二つが私たちを
動かしているのを忘れないように。 いつも変わらない「静」があるからこそ、 「動」を楽しむことができる。
「動」の欲求と「静」の意識が対になって、この世の花を楽しませてくれる。
楽しく生きる。 今、人生を楽しむ。 純粋の遊びこそが、遊びの真髄である。
ー私には「会いたいもう1人の自分」がいる欲求とその成就は、本来、単純である。
このような欲求を邪魔をしている唯一のものは、私たち大人が身につけている「思い込み」である。
この「思い込み」が、本来の欲求不満を自分から隠してしまうのである。
「思い込み」という間違った解釈を自分で与えることで、私たちは自分の欲求不満をそらす。

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09月07日(火)
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