ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3446.秘・異郷の旅、よもやま話・・3
理屈っぽくなるが、「ある」とは「あった」があるからあるから「ある」のである。
「あった」があるから、その想起で現在が「ある」のである。「私」も現在から過去を振り返ったとき、
「私」が発生するのと似ている。現在は過去にかこまれているのである。かって旅先で暴漢に襲われて
記憶を無くしてホームレスになって、そして立ち直っていく男の物語の映画をみたことがある。
これこそ自己喪失である。そこに記憶も生活基盤を無くすことの恐ろしさを見た。
それは「あった」があるから「ある」という説明に、解りやすい物語であった。
その映画を見て、人生は「ある」ということと、「あった」ということで成り立っており、
その両者を大事にしなくてはならない!と実感をした。過去は消せないのである。
   ー以下は『狂人三歩手前』から・・・
世界についてでも、私自身についてでもいい、物体についてでも、心についてでもいい、われわれは
現在の知覚を基準にして、何らかの客観的対象が「ある」とみなしがちである。
(以下、字数の関係でカット09年9月1日)
ーー
非常に解りやすい、深い内容である。これを歴史に当てはめてみても、成り立つことである。
遡れば、ビッグバンがあったから、現在があるのである。
(その説が正しければだが)ありえない事が起こったのである。そして、現在、私が世界を生きている!
これは偶然か、必然か?そしてビッグバン以前は何だったのか? これを考えるのが哲学の一歩である。
            バ━━ヾ(′ω`●)ノ━━イ
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2006年09月01日(金)
1977, 三回目のケニア旅行ー2 (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!
10年前には日本人観光客が一万人だったが、現在では十万になってしまった。
以前はケニアに行ってきたといえば珍しい存在であったが・・また首都のナイロビから
マサイマラへの道路では以前はあまり車が走ってなかった。しかし現在では対向車が絶えることなく走っていた。
 話は変わる。 マサイマラでの出来事。サファリカーが5~6台終結しているところに若い雄ライオンが二匹寝ていた。
ところが何分経っても寝たままなので、その場を去ろうとすると、突然隣の車が二台が交互に、そのライオンの鼻先に
車を突進、寝ているライオンを飛び跳ねてしまった。若い現地の運転手が笑いながらからかっているのだ。
初めてみるシーンである。自然動物に対して絶対してはならない行為と、ただ驚いてしまった。
後ろの席にいた若いツアー仲間の女性が、それをみて突然泣き出してしまった。
彼女の気持ちが痛いほど理解できるが・・考えてみれば、現地人にしてみればライオンなど野良猫のようなもの。
もし抗議したとしたら「御前ら観光客こそサファリーカーで勝手に排気ガスを撒き散らして、
奇麗事を言うんじゃない!」というのが本音だろう。ただ、長い年月を通して、動物とサファリカーは
お互いに危害を加えない暗黙の了解を作ってきた。その意味でやはり問題だろう。
今回の旅行でアフリカが遠い存在から、ごく近い存在に感じ取ることができた!
それにしても7年前のヌーの河渡りの印象が、あまりにも強烈過ぎた。
野生のライオンや、豹を見ても感激しなくなった!もうサファリは最後か!いやタンザニアがある。
まだまだ、深いアフリカは!添乗員から、マリが面白い!と聞いた。
地方経済がもっと回復してくれば大手を振ってもっと出かけるのだが・・絶望的か!もう年一で充分だが・・    
                  (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?        バイバイ!
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2005年09月01日(木)
1612, ハワード・ヒューズ
 ー字数の関係でカット(08年9月01日)
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2004年09月01日(水)
1247, さよなら!五十嵐恭一さん
 −五十嵐恭一さんへの弔文
友人の五十嵐恭一さんが8月21日の夜半の11時過ぎ、長岡西病院で亡くなった。 享年57歳であった。
その日はオーストリアの旅行の為、日暮里に前泊していたので、旅行から帰ってきた翌日の30日になって初めて、

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09月01日(水)
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