ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3443, 最近の昼飯事情
その前提を見逃さないのが哲学である。だから、嫌われるのである。 といって、曖昧な考えは、判断を狂わしてしまう。
真理をさけて通ることは、さけて通ったという事実が残る。
ーー                  P−174
世の中で信じて疑わないことのほとんどが眉唾ものである。
とは、10歳の頃から直感していたが、ーそれを一つ一つ「やっぱり」と納得していく過程が私の人生であった
「ある」とは何か、「いま」とは何か、「私」とは何か、「善い」とは何か、人生経験を積めば積むほど夜中に
森の中をさまようようにわからなくなっていく。とりわけ、このごろ「意志」と呼ばれているものは、
ただの社会的取り決めにすぎないのだ、という思いが強くなってきている。 私はすべてにおいて優柔不断であり、
何かを選んだ瞬間に後悔することはざらにある。「タンメン」と注文した瞬間に「味噌ラーメン」にすればよかったと後悔。
だが、すぐ取り消すのは恥ずかしいし、もう作り始めているかもしれないし、とあれこれ考えて、ぐっとこらえるのだ。
  (字数の関係でカット08年8月29日)
 ーーーー
そういうこと! 哲学など徹底的に割り切って鳥瞰していないと、社会を混乱させるに過ぎないだけである。
                   ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・・
2006年08月29日(火)
1974, 東京駅の一瞬の出来事!
  Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・時差ぼけ!
ケニア旅行の帰路、最終の新幹線に間に合わないので日暮里に泊まった。
翌朝、東京駅の新幹線改札口の近くに行ったところ、突如顔色を変えた黒服の背広の10人位が走ってきて
通行をストップした。一瞬、テロ爆弾の予告電話が入り閉鎖を始めたのかと思った。
しかし、その直後冷静にみると何か違う。黒服の男達は改札口の両側にロープを張って、その中に人を
入れないようにしている。「はは~、超ビップの新幹線の乗り込みのための警戒のための何か?」と直感。
逃げかけた家内を呼び止め「超ビッグのための警戒。面白そう見てみよう!」次の瞬間に、カメラを出してと、
家内がいう。近くにいた人がやはり携帯電話のカメラを出した。私も一瞬迷ったが
バックにデジタルカメラを有ることを思い出した。そのときは、皇室??を忘れて写真を撮っていた。
近くのSPが嫌な顔をしたのが一瞬わかった。 それをさせないのが、SPの技術のなのだろう。
そして、一枚撮って、その後ビデオに切り替えた。しかし、それは写って無かった。東京駅では日常だろうが・・
天皇・皇后様が新幹線に乗るときの状況を直に見るのも面白い。新幹線に乗るときに数分間の一瞬の間しか
交通止めしかできない。もし閉鎖で乗り遅れたら、国民の反感を間違いなく受ける。
我われの目線は天皇であろうが、                    \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・
2005年08月29日(月)
1609, 愛とは何か −1
この歳になって、いまさら「愛とは何か」でもないが、この年齢でなればこそ、愛が人間の心の背骨と実感する。
ある愛の定義が納得のいくものである。「愛は、自分自身や他者に対して共感的にあるがままに受け入れることと 
尊重することである」これから考えてみると愛することとは、自分を自分として、他人を他人として受け入れることになる。
まずは自分と他人を尊重することである。他人を愛するということは、よかれと思い、その道を一緒に探し求めることである。
判断や批判なしに受け入れることが、愛の第一歩である。飯田史彦著「愛の論理」の「愛」の定義が面白い。
その一部を抜粋してみると、
 ー愛の定義 p.334
愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、相手がただ存在してくれていることへの感謝ゆえに決断し、
永続的な意志と洗練された能力によって実行しようと努力する、相手の幸福を願い成長を支援する行為である。
p.374
私たちは、愛の実行力からみた人間としての成熟度に応じて現在の自分に可能な範囲で精一杯の愛を実行すればよい。

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08月29日(日)
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