ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3437, 64歳の現時点で、感じること! ー2
しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。
「人にはこのように、世界のどこかでそれを待っているところが、少なくとも一カ所はあるものなのだ」ということを。
  以下は、ある本からの抜粋である。
  −−
ホッファーが人気をもつきっかけは、テレビであった。
1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映され、大反響になった。
それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。
かれ自身はつねに目立たない存在を望んだが、どんな評価も名声もホッファーの生活を
豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかった。
社会や世間のほうがホッファーのような“例外者”を必要とした。
こういうホッファー・フィーバーのなかで、彼はまったく変わらなかった。
沖仲仕をやめて著述に専念するようになるのは六十五歳をすぎてから。
八十一歳で死ぬ(一九八三)まで、本を書きつづけ主要な著作は十一冊をかぞえる。
うち六冊は日本でも邦訳が出たが、現在も入手可能なものは一冊しかない。
これほど数奇な人生があろうかと思わせるほど波乱に富んでいるが、これ以上に面白いのが、
彼がいろんなところで出会った、数々の特異な社会的不適応者たちの語る自分の人生である。
この自伝には、そのような忘れがたい人々との忘れがたい出会いがつまっている。
その一つ一つが、まるで短篇小説以上の仕上がりになっている。
こういった出会いのすべてが彼の哲学的思索のナマの素材になっているのである。
(以下、字数制限野関係でカット 09年8月23日)
                         −つづく      
・・・・・・・・・・
2006年08月23日(水)
1968.事業百訓・・・? −1991・1992年(6)
  H0301新年を迎えて!!
 (字数の関係でカット 08年8月23日)
ーH0307事業百訓 ー
 今より20年前、人間には周期(波動)があるのではないかと気がついた。
九年が一周期で前半が陰・後半が陽である。
(マイナス3才〜5才) (6才〜14才) (15才〜23才) (24〜32)
(33〜41) (42〜50才)(51〜59)(60〜68才)(69〜77)……。
そして周期の変わり目が厄年となり 人にとって非常に危険・不安定の年となる。
これは決して人の論理の借物ではなく私自身の周期であるが、昔より数え年で24・33・42才と厄年と丁度一致する。
中高年の当社の応募の人の履歴書をみていると、大体厄年をきっかけに何か失敗しているケースを見うける。
厄年は、丁度肉体的に精神的にも節目の年ではないかと考えられる。
現在の私は今年までが陰で来年が転換の年となり1993年より陽転になっていく。
偶然の一致か事業計画も丁度それにあわせて立ててある。
過去を振り返ってみると全て陰陽はかったように明確になっており、一年の狂いもない。
少し運命論的な書き方になったがそうではなく、いかにその“節目”をみつけ“運”という波動(勢い)に乗るかである。
“陰”の時は“陽”の為の内的エネルギーの充実をはかる時になる。
これを書いていてマイナス3才(生まれる前の3年)とは、どういう意味なのか非常に興味がわいてきた。
私の兄が三才年上という年まわりに関係あるのだろうか? それとも……
ーH0309事業百訓ー
(字数の関係でカット08年08月23日)
ーH0311事業百訓ー
 最近私が造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。(江藤淳の“夜明けの紅茶”をもじったものだが)
・早朝(4時半〜5時半)起床 ・近くの土手を一時間散歩 ・テレビ体操 ・瞑想 ・家族全員のお祈り・食事と続く。
 特に散歩がよい。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、
 時々に般若心経をとなえる。この散歩に全てが含まれても過言ではないという“気”にもなる。これを実施して4年、
 副産物として夜に出あるく事と、酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。
 時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。

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08月23日(月)
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