ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3378, 生涯に直面する四つの不条理 −2
決して哲学的に難しい理屈ではない。何時も直面している「いま、ここ」、「現在」の意味である。
文芸春秋の特別版「一冊の本が人生を変える」の中で、?ハインペル『人間とその現在』訳者である阿部謹也氏
(一橋大学名誉教授)の「ハインペルとの出会い」という文章の中で、この本をあげている。
難しい本を優しくまとめてある文章のため、中味の濃い内容になっていた。
 ーその内容の一部を抜粋してみるー
ー私が大学三年のとき、歴史というものを自分の外の世界で起こっている出来事の流れだと思っていた。
その出来事が確固とした流れをなしており、その過去から現在までの流れを観察することが歴史学と思っていた。
しかし本書を読んで私のそのような印象は全く崩れ去ってしまったハインベルによると「現在」は4つの層から成り立っている。
一、まず、そのときそのときの現在が問題になる。
 私が子供の時のある日の出来事に刻まれている現在。 それは過ぎ去ったものとして過去に属するが、
 そのときの「今」という意識は生き残っている。青年期にも中年期にも老年期にも、その時その時の現在がある。
 その時の現在はいつから始まるかといえば幸せな結婚生活を送っている人にとっては結婚以後が現在になる。・・・
 かってはロシア(ソ連)の現在は1917年のロシア革命に始まっていた。しかし、現在のロシアはソ連邦の崩壊以後
 ということになる。破局と大革命、強制力のある理念などが現在を現出していることになる。
二、次に、持続する現在がある。
 私たちの意識の下層は過去を残している。
 言葉と習慣と食べ物などは正にそのような過去のものが現在に生きている姿である。ひとたび創りだされたものが
 生きつづける姿もまた持続する現在の姿である。 秘蹟の中にキリストが現在する形でミサも営まれている。
三、一回限りの現在がある。
 それはひとたび生まれて死ぬ人間の運命である。子供はたしかに成長する過程にあるが、完結した全的人間でもある。
 戦渦の中で飢えている人には一切れのパンが現在であり、孤独なものには援助の手が現在になる。
 一回限りの現在は時代の脅威の中で幸福を享受することでもある。
四、最後に決断の領域がある。
 私たち自身の行動によって人と人とが感謝で結ばれていくことである。要するに、歴史に対して私たちは自己を主体として
 対するのであり、時間も客観的に流れていくのではなく、自分が捉えることによってはじめて生きてくるということが解った。
 すべての歴史的出来事を現代という視点で捉えるということは、自分の目で歴史を見るということであり、そのためには
 自分の内面に対応する歴史を発見しなければならないのである。私の若い頃の日本の歴史学にはこのような時間論は無かった。
 古代、中世、近代という時代区分が確立しているとされ、それぞれの時代のなかに幾つもの現在があるなど思いもよらなかった。
 現代世界にも様ざまな現在があるように、古代にも中世にも様ざまな現在があり、それらを意識していた人々の暮らしと
 思想を見出さなければならないのだと、思い知ったのである。私は自分が生きている空間としての周囲の世界を見ることから
 始めたのである。当時、安保騒動のさなかにあり、私の周りでもデモや議論が渦巻いていた。私もその議論の中にいた。
 しかし私はその中で自分の目で見、確認したことから出発しようとしていた。私は一つの地域を選び、その地域の歴史料から、
 その地域の歴史を起こしていくことを考えた。それは外国史を対象としているものにとってとてつもないことであった。
 ーー
ー以上が概要であるが、なかなか難しいようだが、それでも解りやすくもある。
・その時どきの現在があり、それは大きな革命や、出来事が現在を現出しており、
・現在は、私たちの意識の下層に過去を有しており、
・現在は、一回限りであり(一期一会)、
・現在は決断という領域を有していて、自己と対峙して自分が捉えることによって、はじめて生きてくる。
 現在は、自分の主体的に世界を捉え、自分の内面と対応した実感として考えたときに、その中に意味を見出すことが出来る、

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06月25日(金)
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