ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3268, 哲学者は神について、どのように語ったか ー4
「お母さんは大人になってしまったから、あなたのような素直な絵は描けなくなってしまったの。
 あなたにはあなたの絵があります。好きなように描きなさい」大きくなったら絵描きさんになりたい。私の初めての夢でした。
しかし母の言いつけを守ると学校で叱られました。絵の時間にラジオ体操をする人を描いたときのことでした。
その人がとても気持ちよさそうに見えたので、感じたままに描いたら 腕が背よりも長くなりました。
  先生は「真面目に描きなさい」といいました。
「ねむの木学園」では私は絵も担当していますが、一度も「上手ね」と言ったことは ありません。
  「うれしいわ」と言っています。だって「上手ね」と言ったら子供はそれで安心をして満足してしまいます。
 ーー
書き写しているうちに20年前のTVの内容を再び思い出してきた。「ねむの木学園」の知恵足らすの子供が
  ピアノ演奏をしたが、鍵盤に魂を込めたピアノの音に気持が引き込まれた。
感動のあまり、その番組のビデオを何人かに見せた思い出がある。
    今月は、毎朝彼女の魂と出会うことができる!
 ・・・・・・・・・
2006年03月07日(火)
1799, 風太郎の死ぬ話   (○´・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ
              −読書日記
山田風太郎の「死」に関する本を読むと、色いろの人の死に様が面白可笑しく書いてある。そして読み終わって
「死」が軽く思えてくるから不思議である。また「死」を考えることは「生」を考えることになるのに気がつく。
死に様が、そのまま生の完成といえるということだろう。これまでも山田風太郎の『死』について取り上げてきた。
暗いと言われるが、お経を読んでいるようで逆に安らぎを感じる。私が風太郎の死に対し一番好きな言葉がある。
「・・・いろいろあったが、死んでみれりゃ〜、なんてことった。はじめから居なかったのと同じじゃないか皆の衆」である。
この本の中にも強烈な言葉が次々と出てくる。
・信長は本能寺で死んだからこそ信長であり、西郷隆盛は城山で死んだからこそ隆盛なのである。あるゆる欲望を満喫し、
 大往生した死に方は、その人の人生が誰の同情も関心も共鳴を買わないという点で、芸術的に失敗作である。
・フィリップ・アリエスの「昔の死は、人が死にいく人物を演技する喜劇的な悲劇であった。
 今日の死は、人が自分の死ぬのを知らない人物を演技する悲劇的な喜劇である」を取り上げ、
 これによって著者の風太郎が「人は管につながれて生まれてきて、管につながれて死ぬ」というアフォリズムを作ったという。
・「 臨終の人間『ああ神も仏も無いものか?』  神仏『無い』」「また臨終の人間『いま神仏が無いといったのは誰だ?』
 答え無し。  ー暗い虚空に、ただぼうぼうと風の音」
  −−−    
  ここからはこの本(風太郎の死ぬ話)から少し離れる!
 死といえば宗教学者であり東京大学教授だった岸本英夫の「わが生死観 」の言葉が深く響いてくる。
 十年間の死と闘いの中で冷静に死の恐怖の心理を克明に書いている。
   父の死に際をみていたので、その恐怖感が理解できた。
ーその一部を紹介してみるー
もう一度くりかえしていえば、死後の生命の存続を信じない私が、 癌というような思いもかけない病気のために、
  生命飢餓状態におかれ、死の暗闇の前にたたされたのである。天国や浄土などの理想世界を信ずるものにとっては、
死後の世界は、暗闇ではない。 一つの実体である。しかも、輝かしい世界である。
しかし、私にとっては、それは、真黒の暗闇であった。私は、その絶望的な暗闇を、必死な気持で凝視しつずけた。
そうしているうちに、私は、一つのことに気がつきはじめた。それは死というものは、実体ではないということである。
死を実体と考えるのは人間の錯覚である。死というものは、そのものが実体ではなくて、 実体である生命がない場所で
あるというだけのことである。そういうことが、理解されてきた。生と死とは、ちょうど、光と闇との関係にある。

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03月07日(日)
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