ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2875, ポルトガル人のみた信長と秀吉
 この喩は他罰を考える時に解りやすい これから見えてくるのは 他罰は責任転嫁ということである。
 非罰は仏教的な考え方になる。 この全てを考え、後は忘れるのを待つ!のがベストであるが。
  似た事例として  宗教書に「お寺におまいりにいき、石に躓いて怪我をしてしまった時に
・信心があったので、この程度で済んだ!と思うか、
・おまいりに行ったのに何で怪我をしなければならないのか!と思うか、
 仏教はこの程度で済んだと考える宗教である」 というのがあった。
他罰は外部に原因を見出そうという見方のため、自己欺瞞の傾向が強くなるになる。
自己欺瞞は積み重ねると自己矛盾が生じ 精神の混乱を引き起こす。
そして自己と外部への怒りの温床になる。そのプロセスでトラブルを彼方此方でおこし、深い鬱になる。
他罰の人の傾向は非常に子供じみたところがあり、心に深い傷を負っている人が多い。
小学校、中学校にいた苛めっ子は両親のトラブルの被害者。その腹いせをクラスの弱者に向ける。 
この傾向は一生ついてまわるから恐ろしい! 家庭内離婚を含めて不和の確率が50lというから
社会は歪んでしまうのは当然である。   だから教養が必要なのだ!                 
                                ~~~ヽ(^▽^)))さいなら!
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2005年02月17日(木)
1416, 50肩になった

一月ほど前から、左肩と首が痛む。 通勤時にビジネスバッグを肩にかけていたのが原因?
他に考えられるのはパソコンと、TVの見すぎも考えられた。たまたまNHKの「ためしてガッテン」が、
「40・50肩の特集」をしたのをみて、もしかしたら50肩と気がついた。
サロンパスを張ったところ、痛みは半減をしたが、その後は一進一退である。
更に薬局で塗り薬を買って使ったが、それほど効果がない。最近は、就寝中に痛みで目がさめる。
一般的には、2〜6ヶ月で直るというが、慢性になると数年続くという。ところで、30肩とも、60肩とは言わない。
ある年齢を超えると、ほぼ出なくなるとか。痛くなるのは、まだ老年になってない証拠。
40〜50代の加齢からくる老年期への過渡期に起きる現象。同年代の人に聞くと、何人かが経験をしている。
深夜に痛くなり目がさめるのが気になる。生老病死というが、老いは病が出てくる時節。
生きているから経験できるのだろう。

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2004年02月17日(火)
1049, お金の教訓

「お金はむき出しの真実である」というが、これだけ本音と建前とかけ離れているのも珍しい。
今まで随想日記に、お金に関して何回か書いてきた。といって、本当に解っているのかというと疑問である。
一番金にシビアな坊主も[布施の分だけ経を読む]とかいう。滑稽といえば滑稽である。
世の中の悩みの大部分が金の悩みという。ということは、殆どの悩みは金で解決可能ということになる。
金に対する[金言」をまとめてみようと何冊かの格言集をみたが、なかなかこれはというのが無いが、
その中から幾つかあげてみる。
・「もしも心がすべてなら、いとしいお金は何なのだ?」  ー都都逸
・「金勘定 しているいる妻は 美しい」 ー川柳集より
・「私は金のためにこの世界に入った、芸はあとでついてきたものさ」ーチャップリ
・「10中89、お金は急場を救ってくれる」 −ジョン・ウェイン
・「お金と知識はあの世にはもっていけないよ」生きているうちに使えと!あればだが。
・「お金があれば、どんな悲しみにもたえられる」
  ー財多ければ、悲しみ少なしー
  ー財布軽けりゃ 心が重いーというのもある。
・「小指切れとは当座のことよ、金が泣くなりゃ手まで切る」ー都都逸
・「貧乏は貧乏人を追いかけ、金は金持ちを追いかける」 ユダヤの諺というから恐ろしい。
・「金のない人は、京都の茶屋で遊ぶ資格あらへん」という芸子はシビアである。
 これは昔から欧州の社交界では当たり前だったとか。
・「金と頭とチ○ポはいきているうちに使え」と、本田宗一郎が言ったとか。 まあ彼が言うからよいのだろう。

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02月17日(火)
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