ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2818, いやいや、驚いた
   その「認められる人」は社会的に偉い人ではなく「人間としてでき上った人」の意味が強い。

    これに対して、老子は孔子の世俗的なものを根本から否定する。
    山の中の一軒屋に住んで仙人的な生活を良しとするイメージがついてまわる。
    どうでもよいことに汲々とするな、無為自然に日々を生きよと説く。
    老子の思想の中で「三宝」が説かれている。「慈」と「倹」と「先に立たず」である。
   ・「慈」は、万物を包容する広さ、
   ・「倹」は、自分の状況に応じて慎ましやかにしていられる心のゆとり、
   ・「先にたたず」は、名声を求めない心の落ちつきである。
    これを持つためには、私利・私欲を捨てさえすれば自然の中にいるような、無心の気持ちになれると説く。 
    常に大宇宙のような森のように大自然であれ。人為的な差別や争いから一歩退いて水のように柔軟であれ。
    名利にとらわれないで、自らを誇るな。 足るを知れ。 大自然の道に従え。 等々である。
ーー
以上であるが、学生時代に貝塚茂樹著「諸子百家」の中の『師徒行伝』と、『老子の哲学』『荘子の立場』を読んだ。
その本が現在、手元にあるが、学生時代の感想は、孔子に対しては「権力者に尾を振る人」、
老子には「山中の田畑を耕して隠れ住む人」、荘子は「農家で晴耕雨読をする人」であった。
今でも論語に対しては、「何で自分から首輪をつけなければならないのか?」という気持ちは変わらない。 
 0∧ ∧
 [^ェ^]
  ===  わん
000( ω ω ) 彡
あくまで教養の一端として把握しておけばよい、というレベルしか理解していないということ?
この思想を手っ取り早く言えば、厳しい父親と、優しい母親ということ!
得意の時は心の中で父親と酒を交わし、失意の時は母親とお茶でも飲んで社会を鳥瞰しているイメージか。
            ごきげんよう さようならm(__)m
・・・・・・・・
2005年12月22日(木)
1724, なにを遺せるのだろうか
           ~~旦⊂(・∀・ )マァ チャ!
中野孝次著
「何を遺せますか」という本がある。実際のところ我われは後世に一体何が遺せるのだろうか?
この本に、人が死後に遺せそうなものについてあれこれ検討してみたが、結局最もたしかな後世に
遺せるものは人間性である、というくだりがある。財産を残すことができるが、通常こだわっている目に見えるもの
 ー金、家、土地、遺言、宝物、宝石等は、いずれは消滅する。著者は後世に残せるものは唯一人間性であるという。
                       【゚Д゚】y─┛~~~
遺すべき考えられるモノ・コトを目次にあげてそれぞれを説明しているが、その幾つかをみると成る程と考えさせられる。
 以下は目次からひろってみた項目である。
ーTー
勲章

お金                カネ・マネ+.゚(●´I`)b゚+.゚  
イィ!!
暮らしのなかの器と道具
コレクション
原稿・手紙
日記
寄付
臓器移植
墓〔ほか〕
ーUー
木を遺す
会社
人類の文化           ビンボウ ノコソッ!(=^ε^= )”’
                   (;`・ω・)ノ ---===≡【えぇ?!マジ?】
普段何げなく考えていることを、            ウソ! (^┰^;)ゞ
整然と書かれているのを見ると考えさせられる。
人は死んで何を遺すかというー生の結末から、いかに生きるべきかが逆に見えてくる。
我われを成り立たせている物や事を取りあげ、死後に遺すに足るか否かを検討、
「最もたしかな後世に遺せるものは人間性である」と結論づけている。子供達の残るものは親の性格の一部である。
多くの姉と兄を見ていてつくづく感じることである。この時代の大激変の渦中、自分の残せるものを見つめ、
逆算することこそ必要だろう。 
                 バイ!(。・o・。)ノ
 ・・・・・・・ 
2004年12月22日(水)
1359, 「23歳の日記」ー8
ー9月01日 1969年

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12月22日(月)
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