ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2791, 新型インフルエンザ
切り口を変えた哲学史ともいえよう。 最近、哲学がますます面白くなっている。
極限の自己対話の本音の部分と、過去の哲学者の自己対話との重なりに、自分の練りを今という瞬間に突きつめる。
それが日常の足下を掘り起こし、日常の外に出ようとすることになる。
‖┓ ((
(_) 匚P
━┻
だから哲学は、常に日常の中でおこなわれなくてはならない。
自分が鵜呑みをしてきたことが、どんな哲学の範疇であるか、そして、他の哲学からみたら、
どういう関係にあるかしれば、その思い込みから自由になることができる。
ーこの本の大筋はー φ(・ω・〃) ♪
哲学の発想法といえば,
1.全体を問題にする, 2.日常性から出る,
3.形式的である, 4.方法についても慎重であるべきである、
の4つである。
また哲学的な「問い」を次のように立てている・・
(1) 「〜とは何か」という問い (イデア:現実の二項対立でとらえる プラトン)
(2)「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」という問い (自我/対象、主観/客観の二項対立でとらえる デカルト)
(3)第一と第二の問い組み合わせカテゴリーが人の認識メカニズムにアプリオリ-先天的-に組み込まれている、と考える
(「経験に先立つ本質」 カント)
(4)「なぜそれを問うのか」という問い 価値を差異に還元して考えるニーチェである。(虚構、流動性 ニーチェ)
簡単に言えば、
(一)は「真理」への希求に関する問いであり、
(二)は、人の「認識」についての問いといったところか。
(三)については、「経験に先立つ本質」についての問い
(四)は「超越的実体を否定し、すべての差異が諸力のせめぎ合いによって生まれる流動性を肯定する」
と書かれていることから、「流動性」(不確実性?)がキーワードになる。
20世紀の哲学は, (*´o)*ゞふぁぁ…
現象学, 言語分析, 言説分析, 精神分析, 実存分析, 構造分析
などの道具を使って行われている。大雑把すぎるが、この本の大きな柱になっている。
(^┰^)ゞ
・・・・・・・
2004年11月25日(木)
1332, 23歳の日記−4
1969年 3月29日 ー四日市にて
勤めて、まだ一ヶ月も経ってないのに、既に壁に当たっている。
後方部隊の管理部は総員37名、そのうち30名が若い女性だ。
今年配属された男子4名の他に、課長と係長と肩書きのない古手の男子2名が男だ。
それにしても、肉体的の限界の激務である。 寮で同室の堀田君は本店から離れている郊外の食品スーパーに
配属されているが、話からすると、仕事の厳しさは本店の管理部は彼よりも数倍厳しいようだ。
部屋に帰ってきて、布団にバタッと倒れる状態である。それでも、既に数回同期の4人と三回も居酒屋に行った。
同期の仲間は西尾、桜井、渡辺、そして私の4人だ。酒好きというのが共通点である。
いずれも地方の大學出身のせいか純粋であり、温厚である。
学生時代の寮の連中からみれば、地方大学出身の為かすれてないのがよい。
上司の松又さんは九州出身の純朴な好青年である。
高卒で8年目だが仕事が出来る。我われ四人に、非常に気を使っているのが解る。
今の課題は、同僚としての女性に対してどう接してよいのか解らないことだ。
純朴な地方の擦れてない若い娘達の同僚としての対応の仕方である。
傷つきやすい敏感な年頃である。 全く難しい。自分としても、どう気持を開いてよいのか解らない。
やはり、自分を取り払わないとわかっているが。それと、寝る時間の前に本を読む癖だけはつけておかないと。
本店には、300人ほどの女子店員がいるが、息を呑むような美人が7〜8人はいる。
働く女性の姿が輝いている姿を身近にみるのは初めてである。 小説を見ているようだ。
それにしても良く働く、いや働かされている。
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4月2日
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11月25日(火)
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