ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2780, 世界同時不況 ー日本は甦えるか −1
   したがって「人は思うことによって幸福にも不幸にもなり得る」という言い方は、
   その意味で正確である。思うのはその人でしかないからである。

一般的に人は、生きていることを幸福といい、死ぬことを不幸という。
しかし人は、その生きるために労働することに不平を言い、生きるためには食べなければならないという。
しかし、本当に生きていること自体を幸福と思っていれば、その生きるために労働することも幸福であるはずだ。
そうすると、生きていること自体は、あるいは不幸と思っているのかもしれない。
だとしたら、なぜ人はこれほど、死を厭い、避けようとして生きているのだろうか。
生きることが不幸なら、死ぬことは幸福であるはずである。生存していること自体は、幸福なのだろうか不幸なのだろうか。

    生死それ自体と、孝・不幸とは、実は全く関係ない。生死という形式は、それ自体単純な事実だが、
    孝・不幸とは、それに付与されるところの観念だからである。したがって、生存していることによって
    発生する様々な肉体的苦痛も身体の苦痛という事実の中では、不幸であるという観念ではない。
    もしそれが不幸であるなら、それはその人が不幸という観念それに付与しているに過ぎない。

 身体の苦痛は、多く、人の心を不幸にする。苦痛は苦痛として明瞭にすぎる。だからこそ、
 身体の苦痛は心の不幸ではないという単純な事実を知ることが、われわれの幸福の新たの端緒となるのではなかろうか。
   ーー
   何事もそうだが、身体の苦痛だけではない、目先の苦痛や悩みは大きな流れの一つでしかない、
  直ぐに次の現象が洗い流してしまう泡である。 全てが地球への旅の経験でしかない。
  楽しみも哀しみも全て面白い経験である。 それも至高の!何で、そんなことに拘っているの? 
  何で、そんな人と群れているの?   孤独、孤独、それがキーワード!
  それがキチット出来てないから、否定でしか社会や世界に関われないの!
  孤独をキチッと確立してないのが群れたがるから、ゴミの山になるんじゃない。    
                    (*^ワ^*)i バイバイ
・・・・・・・・・
2005年11月14日(月)
1686, 「ひとを嫌うということ」−2
    
 嫌いに対して、よくぞここまで書けるものと感心する。といって日常生きている上で、好き嫌いの感情はつきまとうものだ。
 だから、世の中が面白いものとして現前する。 この本の印象的なところを抜粋した。
 ー「嫌い」の結晶化作用ー         `(`´)”
スタンダールは恋愛における2重の「結晶化作用」について論じている。(′O`)
・第一の結晶化作用とは次のもの。ザルツブルグの塩坑で寒さのために落葉した1本の小枝を廃坑の奥に投げ込んでやる。
 2,3ヶ月もして取出してみると、それは輝かしい結晶で覆われている。
 一番小さな枝、せいぜい山雀の足くらいの枝までが、まばゆいばかりに揺れて閃く無数のダイヤモンドで飾られているのだ。
 もとの小枝はもう認められない。 私が結晶化作用と呼ぶものは、目に触れ耳に触れる一切のものから、愛する相手が
 新しい美点をもつことを発見する心の働きである。
 なんとなく気に食わなかった人があるとき当然「結晶化作用」により大嫌いになることは誰でも知っています。                                      )`ε´(  
・そして恋愛における第二の結晶化作用とは、相手が自分を愛していることの確信へと向かう結晶化作用であり、
   疑惑と確信との間を揺れ続ける「交互作用」です。恋する男は15分ごとに呟く。「そうだ、彼女は私を愛している」と。
   そして結晶化作用は一転して新たな魅力を発見することに向かう。
   と、ものすごい目をした疑惑が彼をとらえ、にわかに彼を引き止める。
  胸は呼吸を忘れる。彼は自問する。「だが、彼女は私を愛しているのだろうか」

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11月14日(金)
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