ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2752, サブプライム問題の6つの波とは
《私》の存在を支えているのは、<他者>でしかないからです「共振」は伝播し、その「不完全性」を緩やかに補うことができる。
「不完全性」は少しずつ補正していくことができます。「真の正しさ」ではなく「より正しい」方向へ世界を変化させていくのが、
「生命体」というシステム全体の方向性です。それが「生きる」ということです。
 ーー
 第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −@
      ー「ともに闘う」ということー

   *−ドゥルーズの「あいだにおけるー闘い」ー
    <他者>との関係は、私たちの存在の基盤であり、また、私たちが束縛から逃れるための「基点」である、ということです。
    私たちの居場所は闘うことによって、《私》の価値と《他人》の価値とが衝突することによってしか
    居場所を作ることはできません。 これが「あいだのおけるー闘い」である。

   *−「外部における闘い」と「内部における闘い」−
    「あいだにおけるー闘い」に対して、「外部における闘い」とは、<私>の内部の<価値>の変化をもたらさない闘いです。
   (それは同時に《私》が構築した<価値>である)そして「外部における闘い」を回避することは可能であり、
    それも「闘い」の一つの形態です。しかし外部の戦いでも出会っても、《私》は《私》との「あいだにおけるー闘い」
    を行っているはずです。私が「外部において処理をする」と推測する「闘い」は、必ず<私>の内部に取り込まれます。
      (字数の関係でカット2008年10月17日)
・・・・・・・・・ 
2005年10月17日(月)
1658, 北イタリア旅行記−7

ツアーの楽しみの一つに、普段なら会えない人と会えることがある。一度会ったら二度と会わないから、気楽に何でも話せる。
共通点は旅行愛好家ということで互いの情報交換が気楽にできる。その中で色いろな人生が、それぞれ垣間見ることができる。
また、私たちも彼らから同じ視点から見られているのだろう。

今回は、北イタリアという場所ということもあり欧州派がそろった。
アフリカとか南米とかシルクロードなど殆ど誰もいったことがない。
反面、欧州には隅々まで行っている人達ばかりで、殆ど話がかみ合わなかった。
特に、イタリア愛好家が何人かいて、イタリアへの深い愛情を感じた。
好きなものは好きなのだ。イタリアに行けば、その理由はよく解る。
ローマ帝国から続いている長い文化が味わいがある。どの街を見ても深い文化と歴史を感じることができる。
イタリアとは関係ないが、面白い人がいた。趣味として、デジタルビデオを番組風に編集してしまうのだ。
元映像カメラマンの人で、編集には熟知しているから可能だという。
過去に30本以上も番組として完成して、DVDに収めてあるという。

5~6枚この旅行に持ってきて、ミニDVDデスクで見せてもらった。
奥さんが劇団にいた人で、ナレーターをして共同制作をしている。
NHKなどで放映している海外ものの番組の内容と同レベル?である。まず映像を編集して、ナレーションの内容を考え、
バック音楽を選定し、45分位にまとめ上げなくてはならない。集中して三週間はかかるという。

それにしても、旅行者として羨ましい限りである。そのテープを旅行代理店のツアー説明会に提供しているようだ。
代理店にとって、宣伝用の番組をつくるのには数百万円は最低かかるからそれを借りることができれば便利である。
「一人位、ツアーに半額位値引きしてでも?」と、考えるのは私の卑しい考えになる。
何よりも、つくっている本人が一番楽しいだろう。一度つくれば、コピーは簡単である。
ボランティアとしても、誰からも喜ばれる。今回も、希望者に送ると全員から住所を聞いていた。
同行のツアー仲間にしてみれば、夫婦のビデオカメラマンを引き連れていったと同じ。
この夫妻にとって、最高のものを与えることで喜ばれ繋がりができる。
自分も楽しみ、そしてそれが因縁のある人達に最高に喜ばれる。
人生の最高の楽しみになるはずだ。世の中は広いし、人生の達人がいる。


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10月17日(金)
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