ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2707, うつ病について
軽自動車を除くと、13ヶ月も前年を下回ったのは1968年以来という。 (軽自動車を含めると4ヶ月連続の下落)
あれだけ騒がれて登場したトヨタのセルシオの国内販売が、当初予定していた計画を遥かに下回ったという。
この背景には日用品化した以外に、消費の多様化がある。
車に振り向けられた消費者のお金が、デジタル携帯音楽プレーヤーや、
薄型TVなどの家電製品や、携帯電話の通話料に向けられているためだ。
確実に消費者の欲しいものの中の、順位が下がっている。
かって本田宗一郎が「ライバルは同業者だけではない!」といって言葉が、さらにシビアに聞こえてくる。
車購入の中心だった団塊の世代の、車への興味も確実に下がってきている。
年功序列の賃金制度がホボ崩壊し、「いつかはクラウン」という購入パターンは
過去のものになったこともある上に、その年代が実質定年を迎えつつある。
「クルマが売れない」というキーワードで検索をかけたら、
日産と三菱自動車の販売不振の内容が出てきた。かなり深刻のようだ。
日産のゴーンの戦略も尽きてきたようだし、鼻持ちのならない「三菱のブランド」が
大衆に嫌悪感を持たれてしまった。フルラインのトヨタ、若者・スポーツ感のあるホンダと、
軽自動車のメーカーと、それぞれの特化が顕著になってきている。
ところで私自身、もう14年近くトヨタのソアラに乗っている。
前の型のソアラに4年半乗った後、新中古のソアラに乗り換えた。
現在もエンジンもしっかりしているし、車自体14年以上乗った車という古さを全く感じない。
まだ8万キロしか乗ってないが・・・
また十年前より、高速自動車の長いトンネルに入ると、閉所恐怖症みたいな感覚になってから遠乗りをしなくなった。
そのため、「近くの移動の手段であれば何でもよい!」という気分になってしまった。
おまけに前の型のソアラがあまり出回ってないので、古車を乗っている感じがない。
60歳になったら最後の車を買おうと思ったが、そんな気分にもなれない。
それなら海外旅行に、もっと行ったほうがよい。その気持ちは、一般の団塊の世代と同じなのだろう。
売れない理由は、流行語でいうと、社会の比重が中流社会から下流社会へと変化していることもある。
それが一番の理由だろう。
バイヾ( ̄ー ̄ヾ))))
・・・・・・・・
2005年09月02日(金)
1613, 愛とはなにかー2
愛、それも「無条件の愛」こそ世界が必要としている。無条件の愛とは、期待も要求も制約を持たないで愛すること。
過去を振り返ってみると、自分が受けた愛情で深く残っているのは両親の愛情である。
これは無条件?の愛情だからこそ深く残るのだろう。
それでは「条件付きの愛情」の、「条件」とはどういうものか? ある本(*)にキッチリと箇条書きであった。
その共通点は、自分の利益・欲を満たしてくれる前提条件である。
そして、その中に自己認知も含まれているが、人間なら当然のことである。
その「条件」を細かく当たると愛など、自己愛の延長でしかないし、
キリストも「自ら愛するように、汝の隣人を愛しなさい」と、自己愛を認めている。
ーその「条件」を、幾つか抜粋してみる。
『わたしは、あなたが・・ の条件をもし満たすなら、あなたを愛します。』
・あなたが、私をあるがままに受け入れ、尊重するなら。
・私を認め、勇気づけ、理解してくれるなら。
・私を楽しませ、喜ばせ、飽きさせないなら。
・私に対して誠実で、善良で、忠実で、正直であるなら。
・私と共通点を持っていたり、信念や興味が共通なら。
・私を責めたり、批判したり、裁いたりしないなら。
・私のことを大人として、対等に扱ってくれるなら。
・私のことを最優先にしてくれるなら。 等々、いくらでもある。
これを読むかぎり、恋愛など「条件付のエゴの塊」である。
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09月02日(火)
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