ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2662, 閑話小題
過去の人生を振り返ってみると、暇で退屈な時ほど一番効果的な何かをしていた。
何かをやろうとする時は、意図的に空白時間を置く。
ABC分析のAのことだけに直面できるが、多くの手持ち時間を持て余す。
それが、良いのだ。 般若心境の[[空即是色]である。その退屈な時間に多くのことを考えることができる。
忙しくて仕方がないときは、ロボット的仕事ばかりをしていた。
暇な時間、いや退屈な時間という現象をもっと深く考えてもよいだろう。
携帯電話は考えてみたら、暇や退屈な時間を無くしてしまったのかもしれない。
「小人閑居して不善をなす」という言葉もあるように、退屈な時間に何をするかである。
退屈とは意味の欠如からくることが多い。何もすることに意味を見出せない状態が退屈の状態であろうか。
フランクルの「意味への意志」の欠如ということである。
反面、そんなことに全く関係ない、退屈の気晴らしの人生もよいのかもしれない。
いや実際、それが人生だろう。所詮人生は何の意味の無いことの上で成り立っているのか?
もし、そうだとしても、それで良いのではないか?
子育てに、家事に忙殺されている主婦に退屈はないだろう。また女性にとって子育ては最も意味あることである。
子育ても終わり、家事もマンネリになった時に退屈がでてくる。そこで、次に意味を探すことになる。
それを見出せないと、退屈が覆いかぶさってくる。そして欝になる。欝はだいたい10lの人がかかるという。
欝体質の人はもっと多いだろう。
まあ退屈紛れに、退屈について書いたが意味は深い。「退屈の小さな哲学」という本を、図書館で借りてきた。
まだ読んでないが、この本の中に多くのヒントがありそうだ。
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2004年07月19日(月)
1203,実存哲学(2)
ー哲学についてー18
ーマルクス−1
実存哲学が「主体」(自己)をテーマにしたのに対して、
マルクスが「存在の哲学」を主張した。包括的な主体の哲学である。
マルクスの哲学上の最大の発見は、資本主義生産システム分析を通して、
・この社会は合理的に統御不能な存在である、
・人間の「主観」から独自な「主体」(意志)を持つことを見出したことである。
「資本主義社会を根本的に動かしている力は、生命力を無制限発動している無意識(自然)である」
ということを明らかにした。
マルクス主義がみごとな思想体系をそなえている理由は、ドイツ哲学、フランス政治理念、イギリスの経済学という
三つの知的伝統を融合させたものであったからだ。したがって、マスクス主義は哲学には分類できない。
マルクス主義は、そのほとんどがヘーゲルから受け継いだものでしかない。
ある本に、ヘーゲル哲学とマルクス主義の共通する考え方を10に要約していた。
非常に解りやすくまとめてあったので書き出してみた。
1、現実はものごとの状態ではなく、つねに進行中の歴史的プロセスである
2、現実を理解するには、歴史的変化とは何かを理解する必要がある
3、歴史的変化は、無作為におきるのでなく、発見可能な法則にのっとっている
4、この発見可能な変化の法則は弁証法的であり、
テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼという三段階のうんどうをくるかえしている
5、この法則を繰りかえす原動力は疎外といわれ、その疎外によって、どのような
状態になっても内部に矛盾を生じ、それは終わりを迎える
6、このプロセスは人間にはコントロールできず、それ自体が内部にもつ法則によって前進させられる
7、このプロセスは、内部にある矛盾が解決されるまで反復され、矛盾が解決されると
疎外も解決される。変化をうながす原動力もなくなる
8、このような対立のない状態に達すると、人間は自分で制御できない力によって
流されることもなくなり、自分で自分をコントロールし、自分自身が変化の決定者になる
9、こうなってはじめて人間は、自由と自己実現を達成できるようになる
10、最後には、自由が謳歌され、自己実現が可能な社会が到来するこの社会は、自由主義者が理想とする、
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07月19日(土)
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